2017年3月 8日 (水)

映画 『日本と再生~光と風のギガワット作戦』

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表題の映画を観てきました(渋谷のユーロスペースにて3/10まで上映中)。前作「日本と原発」に続く、河合弘之監督(脱原発弁護団全国連絡会代表)の新作品です。お馴染みの飯田哲也氏(ISEP所長)と共に、世界ならびに日本各地の現場と人々を訪ねながら、再生可能エネルギー利用の現状と展望を分かり易く紹介するものです(予告動画は以下)。

https://www.youtube.com/watch?v=U1Kc-8_infI

映像と解説によって世界の現状を目にすると改めて驚かされることばかりです。ドイツやデンマーク、更には中国で風力発電の風車が林立する光景は驚きそのものです。福島事故の当事者であるにも拘わらず、日本が原発に固執し、再生可能エネルギー普及に後ろ向きの政策をとり続けていた間に各国は風力と太陽光(熱)を中心とした再生可能エネルギー普及率の向上のみならず関連産業の育成にも大きな成果をあげていたのです。

ドイツの風車群は懐かしい光景でした。かつて2000年前後に長期滞在していたころ、ライン川沿いの丘陵地帯を頻繁に訪れましたが、視界の中には必ず風車群がありました。1986年のチェルノブイリ事故時に深刻な汚染に見舞われたドイツではいち早く脱原発と再生可能エネルギーによる分散型地域発電の普及に向けた取り組みが開始されていたのです。

一方、国内であっても、例えば、北海道のオロロン街道(留萌から稚内)沿いに並ぶ、また宗谷半島の丘陵地帯を埋め尽くす風車などは10年以上も前から壮観でした。しかし、その後の普及の速度はあまりにも遅かったと言わざるをえません。原発と石炭火力をベース電源と位置付ける限り、再生可能エネルギーによる発電産業や送電機能はその育成が阻まれ続けます。福島事故というあまりにも大きな犠牲を伴った教訓を生かしてエネルギー基本計画を根本的に見直さない限り、再生可能エネルギーの普及と関連産業の発展は世界の潮流からますます立ち遅れていくしかないでしょう。

映画の中で示されたデータで最も興味深かったのは世界の「風力+太陽光」と「原発」のトータル設備容量です。2000年以降、前者が急拡大し、2012年に逆転、2016年には前者が約400GW/h、後者が約800GW/hと自然エネルギーが原発の倍の容量を持つことになったのです(更に拡大中)。世界のすう勢はもはや明らかです。

私たちの列島は風、太陽、地熱、森、川の流れ、潮力といった自然の恵みに溢れています。それらの力を借りながら、一方で省エネルギーの実行と投資を進めることで、電力の100%を再生可能エネルギーで賄うことは決して不可能なことではありません(その意味で、電力をがぶ飲みするリニア新幹線建設計画など愚策以外の何物でもないと思います)。

この映画は、再生可能エネルギー普及の現状と将来を知ることで、脱原発へのいっそうの確信、更には勇気と希望を与えてくれる作品です。一昨年、地元の「脱原発八千代ネットワーク」では「日本と原発」の自主上映会を実施し大好評でした。本作の自主上映もぜひ実現したいと思います。

最後に一言・・・エンディングに流れる坂本龍一さんのピアノ曲がとても心に染み入りました。

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2016年10月14日 (金)

映画 『東学農民戦争~唐辛子とライフル銃』


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年、朝鮮半島で起こった甲午農民戦争(東学農民革命)を掘り起こすドキュメンタリー映画を見ました(@在日韓国YMCAホール)。

「東学」は1860年に崔済愚(チェジェウ)によって創始された、人々の平等を強調した宗教思想で、貧困と差別にあえぐ人々の間に急速に広まりました。教祖の崔済愚は1864年に朝鮮政府(当時は李朝)によって処刑されましたが、その思想は後継者たちによって引き継がれていきました。

 東学農民たちは1894年に全琫準(チョンボンジュン)を指導者として朝鮮王朝に対して蜂起し南部を席巻します。朝鮮政府は清国に援助を求め、一方、清国による朝鮮半島支配を嫌った日本は朝鮮政府の了解を得ずに約8000人を派兵し(清国側は1500人)、それが日清戦争の引き金になりました。東学農民軍はいったん朝鮮政府と和解したものの、日本軍侵攻に抗して再び起ち上がりましたが、反乱は圧倒的な武力の差により約5か月間で壊滅しました。東学の反乱を鎮圧し、日清戦争にも勝利した日本はその後、朝鮮政府を傀儡化し、日露戦争を経て、1910年の日韓併合へと至り、朝鮮の人々の新たな苦難が始まります。

映画は日本人である前田憲二監督による東学に関わった人々の子孫へのインタビューと関連する史跡の紹介が中心です。監督の執念ともいうべき記録へのこだわりが感じられますが、当時の写真や絵、資料など視覚に訴えるものが少ないのが残念でした。しかし、人々の記憶からも忘れ去られようとしていた歴史の一コマをこうして掘り返されることで日朝の歴史の暗黒部分に少しでも光が当てられればと思います。私も本棚に長い間眠っている「朝鮮近代史(渡部学、勁草書房)」や「日本近現代史③日清・日露戦争(原田恵一、岩波新書)」、「閔妃暗殺(角田房子、新潮社)」などのページをめくり返しています。

さて、「東学」は、幾多の苦難を乗り越えて、今も「天道教」として南北朝鮮半島の社会に根付いているとのことです。ネット検索すると「天道青友党」なる北朝鮮政党がヒットしたのには驚きました。ウィキペディアによれば韓国における信者は人口の0.1%以下とのことです。圧制下の土着信仰から始まり、同様に宗教弾圧を受けた日本の大本教と相通じるものがあるのでしょうか?

いろいろと興味の種はつきません。

 

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2014年11月30日 (日)

映画『三里塚に生きる』

映画『三里塚に生きる』を観てきました(作品の公式サイトは以下)。J_top_c_2

http://sanrizukaniikiru.com/

懐かしい風景、懐かしい匂い、懐かしい人々・・・。しかし、そこには今も日々、空港と向き合い、苦闘している人たちがいました。

昔の映像を挟み込みながら空港周辺で、かつて、あるいは今も闘いを続けている反対同盟員の姿を淡々と描いています。メッセージ性や押しつけがましさは全くありません。彼らの今を語る穏やかな会話の合間に、無雑作に乱入してくる航空機の爆音が作品の現実性を高めています。

私が最初に三里塚を訪れたのは1970年でした。現地での闘いに呼応して、地元の千葉市を通過するジェット燃料輸送パイプラインの敷設に反対する市民運動に関わっていました。結局、パイプラインは強行埋設されるのですが、今では供与年数も40年を超えようとしており、老朽化も懸念されます。現地では、1978年の開港を機に運動も転機を迎え、青年行動隊のメンバーを中心に有機農業を含めた新しい農業のやり方が模索されます。有志による三里塚ワンパック運動(無農薬野菜の共同生産・共同購入)もそのひとつで、消費者側の拠点の一つとして関わることになりました。

時は過ぎて、私にとっても日常の多忙さや度重なる長期海外出張に、三里塚は次第に遠くなっていきます。いつの間にか、成田空港を使うたびに感じていた眼下の人々への想いも忘れ、三里塚は過去の物語になり、現地を含めた仲間たちとは年賀状のやりとりとたまの消息交換に終わっていました。

そんな時にこの映画の存在を知ります。映画を観る視点や観た後の感じ方は世代、そして運動への関わりの仕方によって大きく異なるでしょう。ともすれば情緒的なノスタルジーだけで終わってしまいそうですが、少し以前に感銘を受けた小泉英政さんの『土と生きる~循環農場から』(2013.9岩波新書)と共鳴するところも多々あり、三里塚に今も生きる個々人の物語の重さに深い共感と尊敬の念を覚えました。

巨大旅客機が40メートル上空で爆音を響かせながら離着陸するB滑走路脇では、周囲を空港敷地に囲まれた東峰部落の飛び地と天神峰地区の一部で、今でも移転を拒否する数軒の農家が農業を続けながら生活しています。ワンパック運動の拠点であった共同出荷場や毎年、収穫祭が賑やかに行われた広場は、すでにありませんが、子供たちを連れて何度も援農に通った石井恒司さんの畑、小泉英政さんが試みる循環農場は今もそこに存在しています。

長い時を経て再び、三里塚をめぐる人々とその時代に想いを馳せる機会を与えてくれたこの映画に感謝です。映画は、1219日まで渋谷ユーロスペースにて上映し、その後、順次全国で公開されるとのことです。ぜひ、ご覧下さい。

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2014年3月 8日 (土)

映画『シェーナウの想い』

6871335744_d6e8738105 遅れ馳せながら、映画『シェーナウの想い』を観る機会がありました(「生活クラブ虹の街」主催)。人口たった2500人の小さな村の脱原発運動からから始まった市民電力事業が、ついには全国規模の自然エネルギー電力供給会社へと発展していく様子を描いた60分ほどのドキュメンタリー映画です。ドイツ南西部の「黒い森」地方の自然は美しく、人々は優しく穏やかです。この平和な村の人々が1986年のチェルノブイリ事故をきっかけに、原発に頼らない市民電力運動を開始し、真っ二つに割れた住民投票、電力独占企業(KWR)との交渉、資金不足といった多くの困難と闘いながらも1997年に独自の電力供給会社(EWS)を設立します。

ドイツでは翌年の1998年に電力事業の全面自由化が達成されます。ドイツ国民は、どこに住んでいても電力会社を自由に選択できるようになりました。全ての市民は、その電気の「素性(原子力、火力、水力、風力、太陽光などによる発電比率)」を比較しながら、電力会社を選ぶことが出来るのです。このことが、ドイツにおける再生可能エネルギー比率の押し上げと、2022年までの原発廃止決定に大きく寄与しています。

一方、日本における電力事業の完全自由化はまだまだ途上です(早ければ、2018年度より発送電の法的分離?)。ドイツよりも20年は遅れていることになります。独占による電力支配が多くの利権構造や腐敗、安全神話を産み、ひいては、フクシマ原発震災事故の背景となったことは否めません。私たちは、私たち自身の安全と利益のために、もっともっと賢くなる必要がありますね。

私もドイツのヴィスバーデンに1年半ほど滞在しました。週末毎に訪れた小さくて美しい村々の風景が甦ってきます。丘陵地帯のあちこちに建つ巨大風車の姿が印象的でした。堅実な国民性にもたびたび感銘を受けました。省エネ・電力事業の先進国であり、何よりも「エネルギー供給に関する倫理委員会」の提言によって原発ゼロの方向性が決めたこの国の叡智には多くのことが学べそうです。この映画もその一端を私たちに教えてくれます。お奨めです。

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2011年11月25日 (金)

映画 『ミツバチの羽音と地球の回転』

111122 全国各地で自主上映会が開催されている鎌仲ひとみ監督の作品を見てきました。瀬戸内海に浮かぶ小さな島、山口県、祝島の住民たちの日常と上関原発に対する闘い、そしてスウェーデンの小さな村における持続可能エネルギー自給への取り組みが淡々と描かれます。

最初は起伏の感じられない映像に若干の苛立ちを感じましたが、次第に、その感じ方って逆に僕らの生活の異常さの投影であることに気付かされます。

祝島の人々は、この上関原発の話が持ち上がった時から、すでに28年間にわたって反対と抗議活動を続けています。この映画は、ついに対岸での造成工事や海上ブイの設置が始まったにも拘わらず、これまでと変わらずに続けられていく人々の暮らしと、その一部となった抗議活動の記録映像です。島の作物、農業、漁業、生物の多様性などの様子が語られ、映像化されています。気負いや押しつけがましさを感じさせない、しかし紛れもない反原発映画です。

上関原発は311日の福島事故を受けて、は事実上の凍結状態に入っています。山口県知事は埋立て許可申請の延長は認めない方針ですが、しかし、中国電力はまだ建設を断念していません。フクシマ以降、これだけ原発に対する不信と不安が増長されているなかで、また、国全体で持続可能エネルギーへの転換が図られようとしている時に、今さら原発の新規建設というのは時代錯誤もいいところです。

この映画の姉妹編として「ぶんぶん通信」というビデオレターが市販されていて、これも各地で小さな上映会が開催されています。以前にNo.2No.3が地元で上映されていたので、すでに上関や祝島の風景はお馴染みのものとなっていました。併せてご覧になることをお勧めします。

フクシマ以後、多くのことを学ぶにつけ、核の危険とゴミを遠くの人々に押し付けながら、便利さのために電気を使い放題という私たち都会人の無責任さを改めて痛感します。

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2011年2月 7日 (月)

映画『ソーシャル・ネットワーク』とフェイスブック

110207facebook 『ソーシャル・ネットワーク』は評判に違わず、とても面白い映画でした。現在、登録者数が世界で5億人を突破したという代表的なSNS(Social Network Service)”facebook”を創設したマーク・ザッカーバーグを主人公として、彼を取り巻く人間模様、開発やその後の訴訟に至る経緯を採り上げています。

ザッカーバーグを天才として単に持ち上げるのではなく、その性格の欠陥や弱さなどを人間として当たり前のこととして自然に描いています。伝記映画というよりは、むしろ、若者特有の野心や敵意、友情などを描いた青春譜としての色彩を強く感じました。ハーバード大学における“クラブ”の存在、そこに入会を許される一部エリートと一般苦学生たちとの軋轢なども興味深いものでした。

映画を理解するにあたってSNSに関する知識や体験があれば更に楽しむことが出来るでしょう。私がfacebookに登録したのは昨年の夏頃のことでした。速度的なレスポンスが悪いことも含めていま一つ利用価値が掴めないでいたのですが、ようやく「友人」達も徐々に「発見」しあって全く異なるジャンルの繋がりが20名になろうとしています。ただ、ネットワークが構成されただけで満足してしまい、それ以降の「利用」についてはまだまだ手探り状態というところです。

振り返ってみれば、1980年代のパソコン通信に始まり、1990年にホームページの立ち上げ(今は放置状態)、2006年に本ブログの立ち上げ、数年前にmixiに登録、昨年1月にtwitterの開始、そして夏にfacebook登録、更には先日、CIS版のSNS”odnoklassniki”にまで登録をしてしまう無節操ぶりを発揮しています。要は単に「新しいものが目の前にあると触ってみたくなる症候群」のようで、結局はtwitterもTVで中継しない日のアントラーズの試合をタイムライン上で一喜一憂するだけの道具となり果ててしまいました。

まぁ、あちこちに登録だけをしておけば、いざチュニジア、いざエジプトの際の初動体制は早いかな?。

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2010年9月27日 (月)

吉田修一著『悪人』と映画『悪人』

100922_3 やはり、「観てから読む」よりも「読んでから観る」方が良いだろうと、吉田修一著の『悪人』(朝日新聞社)を文字通り一気読みしました。

福岡郊外で発生した一つの殺人事件を巡って関連する登場人物たちのそれぞれの立場での関わりが重層的に語られていきます。事件そのものは、しばしば発生する「出会い系」を契機とした「今どき」のものですが、単なる犯罪小説に留まることなく、現代社会の抱える病巣があちこちで描かれていきます。かといって、何らかの社会的メッセージを強く込めた重い作品という訳ではなく、むしろ登場人物たちの愛憎の相関関係や主人公二人の逃避行がスピーディに語られてゆく一級のエンターテイメント小説となっています。登場人物たちのモノローグも含めて描写や語り口は多面的ですが、「事件」という主軸がぶれることはなく、読んでいて集中力が途切れることは全くありません。主人公たちの悲劇をとりわけ感傷的に持ち上げるのではなく、また逆に彼らの社会的判断力の欠如を咎める訳でもなく、二人の切実さと必死さをひたすら描き続ける筆致にはとても好感が持てます。逃避行の果てのエピローグで、作者が二人のそれぞれの思いをとことんまでつきつめることをしなかったのは読者に想像の余韻を残したのかもしれません。

さて、一方の映画版『悪人』は、脚本が李相日監督と吉田修一氏の共作になるだけに原作の持つ空気がそのまま反映されています。つい先ごろ、モントリオール映画祭で深津絵里が最優秀女優賞を獲得したことで話題になりましたが、むしろ従来のイメージを大きく変えた妻夫木聡の凄味ある役作りに感心しました。常におどおどし、人の目を見ながら話すことの出来ない、危うく、常に屈折した青年の役は原作での主人公描写に更に説得力を加える好演でした。

他にも柄本明、樹木希林といったベテランの演技派たちが脇を固めて作品全体の質感を高めています。

深津絵里に関しては、モントリオールの批評家たちとは異なり、すでに多くの作品を通じてその演技力を知るだけに、特に驚きを感じることはありませんでした。彼女が出演した多くの映画・TV作品の中では、『ハル(1996)』での透明な表情に魅せられて以来、『きらきらひかる』でのひたむきな新入り検死官役、『スペーストラベラーズ(2000)』でのちょっと抜けたコケティッシュな銀行員役、『ザ・マジックアワー(2008)』での大人のコメディアンヌぶりなどが特に印象に残ります。

今回の素朴で内向的なヒロインは深津の真骨頂ともいえる役だけに安心して観ることが出来る一方で特に新鮮味はありませんでした。次回は再び三谷幸喜監督作品での主演とか。『ザ・マジックアワー』以上の楽しい作品を期待です。

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2009年8月18日 (火)

映画・『3時10分、決断の時』

90817to_yuma 新聞や雑誌、ネット上で高い評価を受けていたので気になっていました。らしからぬ題名ですが、武闘派の西部劇そのものです。50年代に作られた映画のリメイク作品とのことですが原作は観ていません。西部劇に期待するのは現代作品にはなかなか見られない素朴な男気、風景が持つ抒情、土の匂いといったものなのですが、この作品はそれらの要素には満ちているものの、派手な銃撃戦による血生臭さも相当なものでした。

原題の「3:10 to Yuma」が示す通り、310分発のアリゾナ州ユマ行き列車に強盗団の首領ベン・ウェイド(ラッセル・クロウ)を乗せるべく、借金苦にあえぐ牧場主ダン(クリスチャン・ベイル)が護送チームに加わることで物語は始まります。ベンの仲間たちが奪還を計るなか、護送メンバーは次々と襲いかかる出来事に次第に減っていきます・・・。

芽生えた男どうしの共感があそこまでの結果となる?という筋書き上の大きな疑問が残ります(ネタバレになるので詳細は控えますが)。また、人物造形が単純で(特にギャングたち)、人の命も軽すぎます。それでも西部劇の様々の要素をテンテコ盛りにしながら現代風の早いテンポでぐいぐいと引っ張ってくれる一級の娯楽作品です。ロードムービーとサスペンスの要素もあります。主題は「男の友情」と謳われているようですが、むしろ「親子の愛情」かもしれません。

ラッセル・クロウの悪役ぶりがとても魅力的です。ピーター・フォンダが老いた用心棒役で奮闘していました。もう少し長生きさせてもらいたかったな。

監督は『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』でカントリー・シンガーのジョニー・キャッシュを描いたジェームス・マンゴールドです。どうりで、まるでキャッシュの歌のような骨太の作品に仕上がっています。

この作品の上映館はごく限られています。今は、西部劇というジャンルそのものに集客力がないのでしょうか?もっと全国に広がって公開されてもよい作品だと思います。

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2009年4月 7日 (火)

新番組・『飛び出せ!科学くん』

Photo 2か月ほど前に紹介したばかりのニッポン放送の深夜番組「中川翔子のギザサイエンス」が唐突に終了してしまいました。折角のユニーク、かつ楽しい深夜番組だったのに残念です。

代わって登場したのがTBS、月曜2330分からの新番組「飛び出せ!科学くん」です。こちらはTV番組であり、番組コンセプトも全く異なりますが、嬉しいことに「科学」と「しょこたん」が共通のキーワードです。

新番組はパーソナリティのココリコ田中直樹と「しょこたん」こと中川翔子が「地球は最高の遊び場だ!」を合言葉にスタジオから外に飛び出そうというものです。46日(月)の第一回放送はココリコ田中の趣味の一つをテーマにした「深海ザメ捕獲プロジェクト」なるもので、駿河湾で田中自らが漁船に乗り込み、深海ザメを追うというものでした。番組そのものはよくあるドキュメントバラエティに傾きがちで、「理系要素」には欠けるところがありましたが、科学的分野への好奇心にかけては一癖も二癖もある二人の軽妙な会話とコメントによってこの番組の特異性を垣間見ることが出来ました。

「ギザサイエンス」では若い「本物の」研究者たちの生の声が面白かったのですが、「飛び出せ!」ではリアルな映像による説得力が武器となります。NHKの「サイエンスゼロ」のようにじっくりと正攻法で組み立てられた番組構成とは異なり、パーソナリティ二人の個性に頼ったいわばゲリラ的番組です。番組の成功はこれから如何に視聴者の科学への好奇心をくすぐるテーマを選び、かつそれを知的に表現出来るかによるでしょう。番組の題名に恥じないように、初回では物足りなかった「科学的視点」を今後はぜひ取り入れてもらいたいものです。しばらくは注目を続けることにしましょう。

 

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2009年3月 2日 (月)

『いのちの戦場・アルジェリア1959』

90301 前日に公開されたばかりの映画を渋谷の「シアターTSUTAYA」で観てきました。アルジェリアの植民地独立戦争のさ中、山岳地帯に展開したフランス軍中隊を描いた作品です。「L’ENNEMI INTIME(そこにいる敵)」という原題が示すように対ゲリラ戦争と暴力の応酬の中で敵と味方の区別がつかず、残虐行為と村民への無差別殺人を重ねる植民地支配軍の姿を描きます。兵士たちは次第に追い詰められ、いっそうの狂気へと向かいます。(作品のHPはここ)

「プラトーン」や「74日に生まれて」などがベトナム戦争を描いたように、アルジェリア戦争を描きたかったというのが製作者側の意図とのことです。確かに戦争の悲惨さ、恐怖、暴力と憎悪の連鎖、そして、あまりの愚かさをこれでもかという位に映像化しています。ベトナムやアルジェリアに留まらず、今なお、イラクで、アフガンで、ソマリアなどで行われている行為と重なります。

この映画では両陣営に引き裂かれるアルジェリア人たちも描いています。第二次大戦やインドシナ戦線に植民地から徴用(あるいは志願?)されたアルジェリア人兵士たちはそのままフランス軍に留まるか、あるいは民族の側で戦うのかの選択を迫られます。民族解放戦争であると同時に内戦の様相もあったのです。このことも宗主国による植民地政策が与えた大きな負の必然といえます。植民地支配であれ、資源争奪を背景とした侵略であれ、東西冷戦の代理戦争であれ、対テロを標榜した戦争であれ、大国の勝手によるその国の分断は癒えぬ傷として残ります。

私事になりますが、私が仕事で地中海に面したスキクダの街に長期滞在していたのは1978-9年の1年数か月の間でした。約8年間にわたる植民地独立戦争(1962年に終結)からまだ十数年を経たばかりでFLN(国民解放戦線)政権(ブーメディエン大統領)の基盤もようやく整いつつある時代でした。国内の治安はよく保たれ、独りで市内のカスバ地区散策などをしても身の危険は全く感じませんでした。しかしその後1990年代、アルジェリアはFLNとイスラム原理主義者グループ「イスラム救国戦線」との間で再び不幸な内戦とテロリズム応酬の時代を迎えてしまいます。2000年代の半ばになってようやく今、再び平和の時代を迎えようとしているところです。欧米の関心はもっぱら豊富な天然資源であり、リビア同様、ヨーロッパ向けのガス開発とパイプラン計画が目白押しです。

自分にとっては、この作品の舞台となったカビリー地方(北東部山岳地帯)の風景が懐かしくスクリーン上で甦りました。沿岸のスキクダからコンスタンチン、セティフ、ジェミラのローマ遺跡、そしてカビリーの山地を抜けて再び地中海沿岸に抜ける周遊コースを車で回ったことがあります。この映画の実際の撮影地は不明ですが、思い入れ深い風景でした。

さて、アルジェリアの独立戦争を描いた作品といえば他に「アルジェの戦い(1966)」、「前進か死か(1962)」、「名誉と栄光のためでなく(1966)」といった作品群が思い浮かびます。「アルジェの戦い」は首都における戦いと蜂起を民衆の側から描いた名作です。「前進か死か」のストーリーはすでに忘れましたが、ニニ・ロッソによるトランペットの悲しいメロディが壮絶な画面と共に印象が残っています。「名誉と・・・」はアンソニー・クインやアラン・ドロン等が出演するハリウッド映画ですが、インドシナから続くフランスの戦争を懐疑的に描いていたように記憶します。

先日のチェ・ゲバラの映画も同様でしたが、今、なぜ再びアルジェリアなのでしょうか? 記憶を埋もれさせないため? イラク、アフガン等への警鐘?いずれにせよ、戦争は狂気であるということ、兵士は人間性を破壊するものであるということを読み取るべき作品であることは間違いありません。

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