東北周遊 その3~三陸海岸、久慈から宮古、仙台へ
下北半島を陸奥湾に沿って南下し、東北町、小川原湖畔、三沢、八戸道路、軽米を通過して久慈に至ります。折しも三陸鉄道北リアス線の全面開通が三陸海岸沿いの復興事業に弾みをつけているようでした。
翌日は天気にも恵まれ、海岸沿いを宮古まで南下します。途中、「あまちゃん」の舞台にもなったという小袖漁港にも寄りましたが、観光客相手の海女センターはスルー。番組を見ていない自分にとって特に感慨はなし。
北山崎、鵜の巣断崖などを寄り道見学しながら、震災で大被害を受けた宮古の田老地区に入ります。 丁度2年前に、震災1年後の女川と石巻を訪れました。平地の建物は根こそぎ破壊され、湾に面した一画は廃墟と化し、あちこちに巨大なガレキの山が積み上がられていました。その時に受けた大きな衝撃は今も目に焼き付いています。それに比べると、田老地区の家々は壊滅したままですが、ガレキは片づけられ、土木工事が活発に進められています。しかしながら、聞こえてくるのは建機の音ばかりで、住民の方々の息遣いを感じることは全く出来ません。この町に人々の姿が戻ってくるのはいつになるのでしょうか?
町から車で30分ほど離れたグリーンピア敷地内に仮設住宅と復興商店街が建てられています。仮設住宅はひっそりと静まりかえったままです。すでに3年もの間、この仮設に暮らしている方々のことを想うと胸が痛みます。辛うじて、復興商店の皆さんの明るい笑顔が救いになります。
宮古から内陸に入り、盛岡でO君が降り、東北道を再び仙台へ。この数日間、まわってきた各地の姿とは全く異なる、繁栄した大都会の顔がここにはあります。数年に一度は訪れているので、学生時代を過ごした40数年前からの変貌ぶりにはすでに驚くことはなく、むしろ、街のあちこちに昔の面影を見つける度に嬉しくなります。今回は往路に、学生時代の仲間たちとの卒業以来の再会も果たしました。この街への思い入れはいつまでも変わりません。
こうして約1週間の東北旅行を終えました。再び、半仕事と脱原発と猫とアントラーズの日常に戻ります。
<写真>
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