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2011年12月30日 (金)

2011年の備忘録

2011年が暮れようとしています。今年は何といっても311日の大震災と、それに続く福島原発事故に大きな衝撃を受けました。とりわけ原発問題は、プラント技術者のはしくれとして、また70年代から多くの警鐘に触発されていたにも拘わらず、事故を現実化させてしまったことに慚愧の念に堪えません。同時に、私たちが都会での快適な電化生活を享受する一方で、いかに地域に危険と災禍を押し付けてきたのかを強く認識させられました。かくなる上は、核廃棄物という将来世代への負の遺産を少しでも減らすためにも、また、利権に群がる「原子力ムラ」と呼ばれる悪しき特権集団を民主主義の名において駆逐するためにも、一日も早い原発ゼロ社会の実現を願うに至りました。来年早々、定期点検で停止中の原発の再稼働を巡って大きなせめぎ合いが開始されようとしています。「原子力資料情報室」や「柏崎刈羽原発の閉鎖を訴える科学者・技術者の会」、新NPOAPAST」、「プラント技術者の会」などの仲間たちと共に、微力ながら「原発のない春」、「原発のない夏」の実現への一翼を担いたいと思っています。

さて、下記は恒例の、自分のための2011年「備忘録」です。本はやはり原発モノが中心となりました。あとは気楽な歴史と推理作品です。気晴らしはもっぱら音楽とスタジアムでのサッカー観戦ですが、後者では逆にフラストレーションが溜まる試合が続きました(その分、なでしこの活躍が救ってくれましたが)。8番と30番は失いましたが(神戸に移籍)、来シーズンはDF山村の加入、MF本田(拓)の復活、MF柴崎の成長、FW興梠と大迫の奮起、等々楽しみも沢山あります。

さて来年・、あ、もう少し仕事もせねば・・・。

2011年に読んだ本>

「原発のウソ」 小出裕章 扶桑社新書

「隠される原子力 - 核の真実」 小出裕章 創史社

「原発を終わらせる」 石橋克彦編 岩波新書

「内部被曝の脅威」 肥田舜太郎/鎌仲ひとみ ちくま新書

「原発をつくった私が原発に反対する理由」 菊池洋一 角川書店

「恐怖の放射性廃棄物」 広瀬隆 集英社文庫

「福島原発事故 どうする日本の原発政策」 安斎育郎 かもがわ出版

「原発のどこが危険か」 桜井淳 朝日新聞出版

「福島の原発事故をめぐって」 山本義隆 みすず書房

「まるで原発などないかのように」 原発老朽化問題研究会 現代書館

「原子力発電の危険性」 技術と人間(1976

「原子炉崩壊の日」 バージル・ジャクソン 朝日新聞社

「エージェント6」上下巻 トム・ロブ・スミス 新潮文庫

「楊令伝」1-6巻 北方謙三 集英社文庫

「三国志」7-13巻 北方謙三 集英社文庫

「草莽枯れ行く」上下巻 北方謙三 集英社文庫

「黒龍の棺」上下巻 北方健三 幻冬舎

「杖下に死す」 北方健三 文春文庫

「独り群せず」 北方健三 文春文庫

「一刀斎夢録」 浅田次郎 文芸春秋社

「メトロに乗って」 浅田次郎 講談社文庫

「壬生義士伝」上下巻 浅田次郎 文春文庫

「輪違屋糸里」上下巻 浅田次郎 文春文庫

「維新の暗号」 加治将一 祥伝社文庫

「空白の桶狭間」 加藤廣 新潮文庫

「ひまわりの祝祭」 藤原伊織 講談社文庫

「新撰組・幕末の青嵐」 木内昇 集英社文庫

「原子炉の蟹」 長井彬 講談社文庫

「笑う警官」 佐々木譲 ハルキ文庫

はじめての指輪」 山本太一 音楽の友社

2011年の観劇・コンサート>

モスクワ交響楽団(D・ユロフスキー指揮) ロシアシンフォニーホール(Moscow

ロシアナショナル管弦楽団(U・スリバコフ指揮)チャイコフスキーホール(Moscow

チェコナショナル交響楽団 コロンニュイホール(Moscow

「サロメ」新国立劇場

六月大歌舞伎(新橋演舞場

2011年の美術館・博物館>

ホキ美術館(千葉市土気、写実絵画専門の新美術館)

トレチャコフ美術館(Moscow

プーシキン美術館(Moscow

成川美術館(元箱根)

2011年のスポーツ観戦>

J13節 鹿島アントラーズ vs. アルビレックス新潟戦 1-2

J115節 鹿島アントラーズ vs. ヴァンフォーレ甲府戦 (0-1)

J120節 鹿島アントラーズ vs. モンテディオ山形戦 (3-1)

J127節 鹿島アントラーズ vs. 浦和レッズ戦 (0-0)

2011年の映画館>

METライブビューイング「オリー伯爵」

METライブビューイング「カプリッチョ」

METライブビューイング「ワルキューレ」

METライブビューイング「ドン・ジョヴァンニ」

METライブビューイング「ジーグフリート」

METライブビューイング「サティアグラハ」

「ソーシャル・ネットワーク」

Super 8

「素敵な金縛り」

「ミツバチの羽音と地球の回転」

では皆さま、良いお年をお迎え下さい。

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2011年12月18日 (日)

『サティアグラハ』@METライブビューイング

111212 米国の作曲家、フィリップ・グラスによる現代オペラ、「サティアグラハ」は何とも不思議な作品でした。「サティアグラハ」というのはサンスクリット語で「非暴力、不服従」を意味するとのことです。20世紀初頭の南アフリカを舞台に、インド移民たちへの差別に対する抵抗運動を繰り広げるガンジーの前半生を描いています。歌詞は「ヴァガヴァット・ギーター」というサンスクリット語で書かれたヒンドゥーの聖典から採られたとのことですが、舞台上の出来事とは一致していないそうです(字幕もなく、意味も分からないので、「だそうです」を鵜吞みにするしかありません)。これは歌詞を音として体感しなさいというのが作曲者の意図とのことでした。

ミニマル・ミュージックと言うそうですが、いつまでも単純に反復される断片的なリズム、メロディーと歌詞(音感)に最初は戸惑いましたが、次第に心地よさに包まれていくという不思議な感覚を味わいます。最初はまるでバッハみたいだとも感じたのですが、サンスクリットの音感と合わさると、むしろ経に近いことが分かります。心地よさと安心感の源はそこだったのですね。

一方、舞台演出、特に美術は斬新かつ刺激的でした。ガンジーは新聞発行を抵抗運動の柱に据えたということで、新聞紙を使った巨大な操り人形や、様々の演出が現れます。それらの形、色彩、動きに目を奪われます。特に第二幕は秀逸でした。

主役のガンジーを演じたリチャード・クロフトは、聖典の表現に相応しく、抑制を効かせながらも澄み切ったテノールを聞かせてくれました。助演者たちも、それぞれの役割をきちんと果たしています。舞台上では、計算された集団振り付けの中に個々の動きは埋没され、歌手たちに特に演技は求められません。ただ、Schlesenという同志を演じたラシェル・ダーキンというソプラノの存在感が際立っていました。全体に平坦な音楽劇の中で、意図的なアクセントの付加が計算されていたのでしょうか。尚、舞台は3幕に分かれ、それぞれの場面における共感の対象として、トルストイ、タゴール、キング牧師が常に舞台の背景に登場します。多少のこじつけ感があります。

米国生まれの現代オペラと言いながらも、古代サンスクリットの空気やバロック要素を感じさせる不思議な音楽体験でした。

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2011年12月16日 (金)

ストレステスト評価による危険な再稼働への道

111215st 全国54基の原発のうち、今日現在で稼働しているのは8基となりました。年内には更に定期点検対象が増え、6基となります。いよいよ実質的な脱原発社会が近づいています。一方で、ストレステストを巡る動きが慌ただしくなっています。事業者からの評価報告書は1028日の関西電力大飯3号機を皮切りに、今日までに7冊の報告書が提出されています(全て三菱重工製のPWR型)。

そもそも、ストレステストはフクシマの事故を受けて、EU理事会が傘下の14か国、143基の原発を対象として実施要請をしたことに始まります。それが日本では、一次評価を停止中原発の再稼働の条件としたことで矛盾や混乱が生じています。ストレストテストによる評価は、プラントの弱点の把握や改善のためのツールのひとつとして利用することは出来ても、所詮は机上のシミュレーションです。その結果は絶対的な安全評価結果を導くものではなく、それを稼働条件とすること自体に無理があります。

今回のテストはいわば、原発プラント破壊のシミュレーションを机上で行おうとするものですが、私たちは福島で大規模実物破壊を目の当たりにしたばかりです。その破壊の諸データを収集、解析、診断し、設計・製作の手法を検証することこそが優先されるべきです。特に、福島事故では津波による全電源喪失以前に地震動による破損が冷却材喪失事故に至ったという指摘があります(東電は否定していますが)。このことは、現行の耐震設計審査基準への疑問を投げかけると共に、その指針に基づく全原発の耐震安全性に疑義を生じさせるものです。地震列島上に存在する全原発の耐震バックチェックの厳重な見直しこそが優先されるべきだと思います。

現在、専門家による「ストレステストに係る意見聴取会」が開催されています(写真、今日までに4回開催)。保安院による筋書きの下、電力事業者の作成した報告書を原子力ムラの学者たちが補完して客観性を装うというお馴染みの仕組みですが、今回は井野博満氏(東大名誉教授)と後藤政志氏(元原子力技術者)という二人の市民派委員が参加していることにより様相が異なってきています。聴取会の場で多くの批判的意見が出され、テストを再稼働条件のひとつとすることへの不当性を明らかにする試みが続けられています。

審査の技術評価作業を担っている独立行政法人・原子力安全基盤機構(JNES)には多くの主建設契約者OBが勤務しています。大飯、伊方の評価作業においても主契約者であった三菱重工のOBが実務に携わり、かつ複数名が陪席者として意見聴取会にも出席しています。これでは公正さの欠如と利益相反が疑われても仕方がありません。129日に総務省「政策評価・独立行政法人評価委員会」から経産相に提出された「勧告の方向性」によると、JNESは「原子力事業者の出身者を多数採用しており、検査の中立性・公正性に疑念がある」、「検査対象を、出身元と関わりのない施設に限るべきである」と厳しく弾劾されています。彼らにテスト結果を審査する資格はありません。併せて、意見聴取会各委員についても電力業界からの寄付金、補助金等の受け取り有無について利益相反の視点より確認・公表すべきです。これらの意見、疑問に対する保安院からの回答は、これまでの審査の枠組みや姿勢を超えるものではなく、現時点では対立点を残したまま議論が続いています。

今後、推進側は他の原発の報告書を続々と提出することによって再稼働に向けた攻勢をますます強めてくるでしょう。意見聴取会で追及されている、ストレステストの欠陥や不当性を各市民団体や原発地域の人々と共有化することによって、再稼働阻止の運動が更に確固としたものになっていくことを願うばかりです。

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2011年12月 3日 (土)

『ジークフリート』@METライブビューイング

111203 ワーグナーのリング・サイクルも三作目を迎えました。タイトル・ロールが急遽、代役のジェイ・ハンター(T)に変わったということで話題になっていました。若手(といっても40才?)で経験も少なく、不安視されていたようですが、よく伸びる美声と溌溂とした思い切りの良い演技は、純粋無垢、単純で恐れを知らないジークフリード役にぴったりでとても好感が持てました。

この作品はどうも前半が苦手なのです。話がくどく(対話による過去の筋書き説明が多い)、音楽も様々な動機が断片的に繰り返されることで追いきれません。ミーメとさすらい人の対話のあたりではしばし意識朦朧となりました。それでも、ジークフリートのノートゥングを撃つ音に飛び起きます。迫力に満ちた反復とエネルギッシュな音楽は第一幕のハイライトですね。

第二幕の「森のささやき」の場面は、このおどろおどろしくも壮大な権力闘争と殺し合い、裏切り、愛憎劇の中で数少ない、牧歌的な味わいを与えてくれるシーンです。大蛇ファーフナーを倒した後に澄み切った声で小鳥のさえずりを歌ったモイツァ・エルドマン(S)がカーテンコールと幕間のインタビューに登場しました。つい先週、ツェルリーナを達者に演じていたばかりの美形の若手ソプラノです。これから人気者になっていくのでしょうか?

第三幕でブリュンヒルデが登場し、やっと期待通りの高揚感を得ることが出来ます。愛を歌う二重唱は指輪全体を通じても、ここと「神々の黄昏」の第一幕でしか聞くことは出来ず(ワルキューレでのジークムントとジークリンデは対話式)、フツーの(?)オペラに慣れた耳を安心させてくれます。

R・ルパージュの巨大な板を使った演出にもすっかり慣れて、違和感はないものの、あまり新鮮味を感じることはなくなりました。多くの場面で音楽が難解で、説明と理屈満載のこの音楽劇に長時間(正味約4時間)真正面から付き合うのはちょっと辛い気もしますが、聴きどころでは繰り返し感動を味わいたい作品ですね。

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