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2011年4月28日 (木)

木漏れ日

110428_2 気温が急激に上がり、街並みが一斉に染まり始めました。けやき並木はあっという間に緑のトンネルと化し、あちこちで木漏れ日が揺らいでいます。

木漏れ日・・・辞書を引くとSunlight Through the Treesとあります。う~む、何やら物理的な表現で情緒に欠けますね。でも、ルノアールが「ムーラン・ドゥ・ラ・ギャレット」でど派手に描いたように、ロシアの近代写実画家たちが森や林を丁寧に描いたように、木漏れ日は画家たちの創造力をかきたてる魅力的な題材のひとつなのでしょう。来るべき猛暑を前にして、今の季節の木漏れ日は特有のコントラストによってつかの間の爽やかな気分を味あわせてくれます。

しばしのウォーキングで汗ばむ肉体の爽快さの一方で、相変わらず気持ちの中には福島原発の問題が重くのしかかります。首都圏の空気中の放射線濃度はかなり下がったとはいえ、土壌に蓄積される汚染は溜まる一方です。何よりも原発周辺の住民の皆さんや現場で戦っている作業員の皆さんの困難な状況を思うと心が痛みます。さらにいつ起こるか分からない最悪シナリオへの恐怖も消えることはありません。原発はもうこりごりだという世論と並行して再生可能エネルギーへの転換も急速に進もうとしています。2011311日をもって世の中の舵が大きく切り替わりつつあることを強く感じています。

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2011年4月20日 (水)

モスクワ雑感

110420dosimeter10日間のモスクワ出張も終わろうとしています。そこで、とりとめのない雑談をいくつか・・・。

市内のとある電気屋で超小型の放射線計(Dosimeter)を購入しました。数値を見ると、何と現在の東京の約2倍の0.15 – 0.25 μSV/hを示します。早速、ロシア人に尋ねたところ、モスクワ市内には7か所の研究用小型炉があるので放射線濃度が高いのだということです。また地下鉄やビルで大量に使われる大理石からも微量の放射線が発散されるとのことです。ホントかなと思い、地下鉄の構内入口で測ってみましたが数値は増えません。ネット検索によると、大理石は放射能を発するようですが、検知できるほどの強さではないようです。次は帰りの機内での測定です。おそらく数倍に跳ね上がるでしょう。

地下鉄といえば、いつの間にかトークンが消えて電子カードになっていました。窓口で何回分かのお金を払い、それが磁気テープに記載されるのです。いっそのこと、PASMOが使えるようになると便利なのですが・・・(^^;)。車内では現在地がドアの上に電子表示されていました。かつては、社内アナウンスを聞き逃すまいと必死に耳をそば立てていましたが、今は乗り過ごしの心配はなくなりました。

市内の渋滞はますます酷くなっています。10段階の渋滞情報なるものが出るらしく、レベル3ではスムースな流れでしたが、レベル7になると環状線も抜け道も殆ど動かなくなります。打合せの場合は約束時間のかなり前に出発せねばならず無駄な時間が増えます。ガソリン消費量も増え、環境も悪化します。実際には地下鉄のほうが便利なのに、単にステータス誇示のために車通勤をする中間層が増えているとのことです(その一人が白状しました)。解決のためには、まずは道路脇の、場所によっては片側2列にも及ぶ縦列駐車を違反として一掃するべきでしょう。駐車場の新設との案もあるそうですが、流入する車が増えて逆効果になるだけです。停める場所を少なくするのが一番でしょう。

高級店からチェーン店まで日本食レストランがやたらと乱立しています。多くのファストフード店や街角のカフェでもメニューに「巻きずし」があります。どうやら健康食として大モテのようです。チェーン店や非専門店では米が固めでお世辞にも美味しいとはいえませんが、日本人シェフのいる専門レストランではリーズナブルな値段で美味しい日本食を楽しむことが出来ます。「青空」、「夢」といった居酒屋風の人気レストランは日本人駐在員やロシア人たちでいつも賑わっていました。今回は他にもウズベク料理店やベトナム料理店を訪れてかなりグルメな出張となりました。

久々にチャイコフスキーホールに足を運びました。ウラジミール・スリバコク指揮のロシア・ナショナル管弦楽団をバックにエカテリーナ・スーリナ(S)が歌うモーツァルトとイタリア・ベルカントからのオペラアリア・コンサートでした。チャイコフスキー・コンクールの本選会場としてもお馴染みのこのホールの白を基調とした内装はとても気品があります。アンコールのマスカーニ「カヴァレリア・ルスティカーナからの間奏曲」の美しい響きがまだ耳に残っています。

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2011年4月16日 (土)

「座る悪魔」 @MOSCOWトレチャコフ美術館

110416demon 再びモスクワに来ています。十数年ぶりに訪れたトレチャコフ美術館は外観も諸設備も展示室もひと回り広くかつ明るく、近代的な装いに変わっていました。かつてはこじんまりとしていて、いかにも個人収蔵館の雰囲気を漂わせていたような記憶があります。土曜日だけに内外から多くの人々が訪れていました。

トレチャコフといえば、丁度2年前に「忘れえぬロシア展」と題したトレチャコフ展が渋谷の東急Bunkamuraで開催され、いそいそと出かけたものでした。レーピンやクズネツォフといった所謂移動展派の明るい色調の写実画がとても好印象でした。今回はそのときの目玉作品、クラムスコイの「忘れえぬ人」やセロフの「桃と少女」などとは再び向き合うことが出来たものの、感銘を受けた移動展派の明るい作品群はどこかに貸出中のようで残念ながら再会を果たすことが出来ませんでした。それでも、シシュキン(1832-1898)やクイニジ(1842-1910)といった19世紀末の写実画家たちの描いた森や田園風景は観る者をとても穏やかな気持ちにさせてくれます。

今回驚いたのは、恐らく日本での知名度は相当に低いと思われるミハイル・ヴルーベリ1856-1910)の作品群が大部屋の一つを占有していたことです。その代表作ともいえる「Seated Demon」(邦題「座っている堕天使」)は約1x2メートルという想像以上の大きさでした。実は、個人的この作品を知ったのは革命前夜のロシアを舞台にした皆川博子氏の小説「冬の旅人」の隠れたモチーフとされている絵だったからです。小説の内容も凄まじいものでしたが、この絵自身も相当に激しい印象を観るものに与えます。夕暮れ時、座りながら佇む悪魔の目は夕陽に反射して鋭く光っています。いったい何を考えているのでしょうか?たくましい筋肉とまるでジーンズのような下半身のカジュアルさが現代的です。表情がどことなくマイケル・ジャクソン似です。まわりの花はゴツゴツとしていてまるで岩のようです。殺伐とした背景の中で悪魔の孤独を同時に感じ取ることが出来ます。叙事詩を題材にしているとのことですが、不思議な魅力を持った絵です。

モスクワも1-10度の間と短い春が訪れようとしています。5月に入ると公園や郊外はあっという間に新緑で覆われることになります。鮮やかな季節の転換がそこまで来ています。

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2011年4月 5日 (火)

路上の枝垂桜

110405 土と水と空気の汚染がますます拡がっている原発列島ですが季節だけは巡ってきます。写真は家から歩いて30分ほどの散歩コース途上、とある民家の庭に咲く満開のしだれ桜です。しだれ桜というのは一般に遅く咲くと思っていたのですがいろいろな種があるのでしょうか?

前に「桜は苦手」と書きました。そう、あの群集心理を煽るようなソメイヨシノの罪のない明るさと華やかさにはどうも馴染めないのです。それに比べると同じ満開でも俯き加減のしだれ桜や葉と混じり合う控え目な山桜には好感が持てます。

福島原発を巡る状況はますます悪化を辿っています。追いつめられた東電はついに低濃度汚染水の大量廃棄を昨夜から実行しています。再臨界や炉心溶融、再度の水素爆発、水蒸気爆発といった最悪ケースを防ぐためとはいえ、こうして、土壌と空気に加え、海にまでも取り返しのつかない損傷を与えてしまいました。いったい、どこまで汚染が広がれば、どの位の人間が被害にあえば日本列島から原発が失くなることになるのでしょうか?その時の代償はどのくらいの大きさになっているのでしょうか?

それでも毎日は動いている・・・。次の日曜日は統一地方選挙の投票日です。千葉県議選では佐倉市、千葉市緑区、柏市選挙区で市民運動を継続してきた候補の当選を願っています。明日は県政の不正排除、支出削減、環境、平和、被災者支援、反原発を掲げる佐倉選挙区のF候補の応援に出向こう。

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