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2010年8月27日 (金)

浅田次郎・『終わらざる夏』

100827 丁度、65年前の夏、日本がポツダム宣言を受諾して無条件降伏を宣言した時にカムチャッカ半島から僅か13キロの距離にある最北端の占守島(シュムシュ島)と隣の幌筵島には満州から移動した無傷の機甲師団約23千名が滞陣しており(輸送手段がなくなりそのまま動けなくなっていた)、連合軍(米軍)による武装解除を待っていました。

ところが3日後の818日未明に突如にソ連軍が襲いかかってきて激しい戦闘状態に陥り、日本軍に約600名、ソ連軍に約3,000名の死傷者が出たのです。スターリンの目的は犠牲の発生による千島列島の奪取でした。そもそも無謀な攻撃であり、ソ連側に多数の死傷者が出ています。但し、生き残った日本軍の兵士たちにはシベリア抑留という更に過酷な運命が待ち構えていました。

この物語は、その占守島の戦いに直接的あるいは間接的に関わっていくことになる普通の将校、兵士、軍属やその家族たちを描きます。戦争も末期となり「根こそぎ動員」によって年配者や傷病者、不適格者たちまでが一片の徴兵通知によって戦地に送られていく姿が普通の人々の目線で語られていきます。

900ページに及ぶ大作ですが、占守島における戦闘場面は僅か10数ページに留まります。読売新聞へのインタビューで浅田次郎氏は「

僕は占守島の戦いを素材に、その時代、社会の背景とそれに翻弄される一人一人の思いを書きたかった。そのことが戦争を理解することになる」との趣旨を述べています。

暗い時代と愚かな戦争を背景としていますが、いかにもこの作者らしく、登場人物たちに未来を託す明るさと逞しさを持たせていることも忘れてはなりません。信州の疎開先から脱走する二人の子供、占守島の缶詰工場で働く挺身隊として動員された女学生たち、彼らを陰に日向に助ける大人たちなどのエピソードは国家が狂気の時代にあっても人間としての当たり前の感性を持ち続けている普通の市民たちの姿を描きます。彼らの存在があったからこそ、戦争によって国家は破綻しても社会は生き残ったのでしょう。

尚、占守島の戦いそのものについて大野芳著「817日、ソ連軍上陸す・占守島攻防記」(新潮文庫)を続けて読んでいます。ソ連軍侵攻部隊と戦い、その後シベリアに抑留された将兵たちからの聞きとり調査を基にしたドキュメントです。

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2010年8月12日 (木)

『ブリューゲル版画展』 @東急Bunkamura

100812brugelten 渋谷の東急Bunkamuraミュージアムで開催中のブリューゲル版画展829日まで開催)に出掛けてきました。油彩画と並ぶブリューゲルのもう一つの世界です。

今回はベルギー王立図書館所蔵のブリューゲルと彼を取り巻く同時代の画家の版画作品計150点が展示されていますが、やはりブリューゲルの作品(半数を占める)は訴える力において群を抜いています。

ブリューゲルの版画というとまず怪物たちの登場する諺、寓話などをモチーフとした幻想的、怪奇的な作品が目に浮かびますが、今回はそれにもまして山岳や田園風景を描いた作品の雄大さと精緻さに目を奪われました。その描写(特に遠景)の精緻さについては現物に目を近づけることで改めて実感することが出来ます。遠くの教会の尖塔やねぐらに戻る鳥の群れなどが細かく描かれています。物語性のある作品では、主人公が例によって画面の隅で目立たぬように何らかの動作をしています。

宗教的な主題では「7つの罪源」というシリーズ作品がとりわけ面白く、人間を罪に導くとされる欲望や感情を大胆かつコミカルに描いています。次から次へと登場するパロディ化された人間たちと、周囲に群がる怪物たちがこれら止められない欲望の行く末を痛烈に皮肉っています。他の寓話作品と同様に、当時は啓蒙行為の一環であったかもしれませんが、結果としてこれらの作品は当時も今も変わらぬ人間の性(さが)を強烈な風刺するものとなりました。

一方で「7つの徳」というシリーズ作品もありますが、ここでも、「剛毅」は残酷な攻撃を、「正義」は審判と処刑を描くなど、結果として、人間行為の愚かさを強烈なアイロニーとなって表現しています。

他にも民衆の生活や諺、仕草などを描いた人間臭い作品、油彩作品の版画化されたもの、どういく訳か帆船を主題とした作品群などが展示されています。これまで、ブリューゲルといえば、もっぱら油彩作品に親しんできましたが、今回改めて版画作品の魅力と威力を知った次第です。帰宅してからも大判のブリューゲル絵画・版画集を眺めながらたっぷりと余韻に浸りました。ブリューゲルの作品というのは見るたびに新しい発見があり、飽きることがありませんね。

尚、ブリューゲルに関する過去記事は以下です。

ブリューゲル・『怠け者の天国』

野間宏・『暗い絵』とブリューゲル

 

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