トム・ロブ・スミス『グラーグ57 』
前作『チャイルド44』の続編です。同じように政治的事件を背景とした激しい展開が続きますが、よりバイオレンス的色彩が強く、主人公レオのスーパーマンぶりと併せて若干辟易とさせられます。1956年の第20回党大会におけるフルシチョフの秘密報告と、同じ年に起こったハンガリー動乱は共に東側陣営における重大な歴史上のエポックですが、特に後者の動乱に物語を融合させる展開に無理を感じました。
ハンガリー動乱については「ハンガリア1956」というドキュメンタリーの名著があります。これは現代思潮社による「カタロニア賛歌」、「知られざる革命-クロンシュタットの叛乱とマフノ運動」、「報復-サヴィンコフの反逆と死」といった反スターリン主義の立場からの革命ドキュメンタリーシリーズのひとつで1970年代の新左翼系読者によってよく読まれたものです。ツァーリが支配する後進国に発生したロシア革命の特殊性そのものの中にすでにその萌芽があったとはいえ、革命の理念と建設への希望はスターリンの登場によって見事に裏切られることになったのです。
フルシチョフの秘密報告(講談社学術文庫1977年)もそれが日本で出版された時にはすでにスターリン神話は瓦解していたとはいえ、そこに記述された膨大な数の冤罪事件や民族的な虐待、多数の有能な軍人を粛清したことによりドイツとの戦争を一層悲惨なものにしてしまったことなどの事例はどんな小説よりもショッキングなドキュメンタリーとなっていました。しかし、ロシアが実質的に内外の雪解けに向けた歩みを果たすのは、その後ブレジネフ書記長時代(1964-1982)の長い保守停滞期間を経て、1982年のアンドロポフ書記長の登場を待つことになります。そのアンドロポフが1956年にはハンガリー大使として動乱の鎮圧に関わり、その後、KGB議長を務めていたというのは歴史の皮肉でしょう。
私事になりますが、私が初めてモスクワを訪れたのは1977年のことでした。以降、仕事で接してきた多くの年配の技術者たちにはスターリンの時代を生き抜いてきたという苛烈な歴史があったのでしょうが、私たちの前では穏やかな態度と笑顔を絶やすことはありませんでした(一部の高圧的な幹部を除いては)。特に地方では底抜けに親切で人なつこいロシア人たちと多く接してきました。特高警察が目を光らせていた戦前の我が国と同様、二度とあの時代に戻ってはならないと思います。
書評から大きく逸脱してしまいました。この本に政治的メッセージが込められていことはなく、また求める訳でもありませんが、折角の興味深い歴史的大事件を背景としていながら単なるバイオレンスアクションに終始してしまっていることが残念です。
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