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2010年2月 4日 (木)

『ばらの騎士』@METライブビューイング

100204rosenkavalier 流石、METの「バラの騎士」はオーソドックながらもキメの細かい演出、実力、名声を共に備えた出演者たち、一糸の乱れもない演奏、見栄えのする舞台装置と衣装等々による素晴らしい出来栄えです。全く弛緩することのない至福の3時間強でした。

最大の功労者はやはりルネ・フレミング(S)でしょう。年令と共に魅力を増してゆく、この不思議なソプラノは今回も元帥夫人の無邪気さ、哀しみ、気品を見事に演じ、歌い上げていました。第一幕の最終場面では実際に涙を流し、最終幕の若い二人を残して立ち去る場面では表情に万感の思いを込めていました。決してリリックな美声ではありませんが、強力な中音域と情感を全面に出した独特の表現によって、やはりこの人はモーツァルト(例えば伯爵夫人)よりもシュトラウスヒロインの方が似合うようです。今シーズンのMETライブビューイングでは更に5月にロッシーニの「アルミーダ」が控えています。幅広いジャンルをどのようにこなすのかを観るのが楽しみです。

インタビューで知りましたが、オクタヴィアン役のスーザン・グラハム(MS)はフレミングとMETオーディションの際の同期ということだそうです(同じ1959年生まれ?)。どうりで二人の息がぴったりの筈です。オクタヴィアン役を演じた回数はすでに数えきれないほどでしょうし、フレミングとの共演回数も半端なものではないでしょう。歌唱、演技共に堂に入ったものでした。

それら生粋のアメリカン同期コンビに囲まれて(それもMETで)、ゾフィー役のクリスチーネ・シェーファー(S)は完全にアウェイ環境に置かれていたようでした。控えめな性格や言葉の問題もあるでしょうが、インタビューでも美味しい部分を開けっぴろげで屈託のない二人組にさらわれていました。それでも、シェーファーのゾフィーは歌唱も演技も容姿も申し分ありません。第二幕ではグラハムとジグムンドソン(オックス男爵)に比べて声量の少なさと、それをカバーしようとする若干の無理が気になりましたが、それでも、最終幕の三重唱、二重唱の美しさは完ぺきです。ただし、シェーファーの個性はゾフィーというお嬢様役の枠には留まらないものであり、個人的にはむしろ、メゾ音域を含めた広い声域と優れた演技力を駆使してのオクタヴィアン役を期待したいところです。すでに彼女の素晴らしいケルビーノを2006年のオペラ座ザルツブルグの映像でみることが出来ます。きっと、これまでのズボン役という既成観念を越えた新しいオクタヴィアン像を創り上げてくれる筈です。

さらに特筆すべきことは、トーマス・アレンという大ベテランを配したことで、ファニナルが単なる脇役に留まらない存在感を示すと共に、舞台がとても引き締まったことです。指揮者エド・デ・ワールトもベテランらしく、決して出しゃばらない堅実な演奏を聴かせてくれました。昨シーズンに比べて大幅に改善された劇場(東劇)の音響を相俟ってとても心地よい音楽に浸ることが出来ました。

尚、手元には5本の映像がありますが、やはり、C・クライバーの振るバイエルン国立歌劇場盤(1979)とウィーン国立歌劇場盤(1994)の2本が双璧でしょう(演出は共にO・シェンク)。前者の輝かしさと後者の情感溢れるオーケストラ演奏もさることながら、歌手たちも存分にその素晴らしい歌唱と演技で観る者を惹きつけてくれます。

実演では、20076月の新国立劇場での公演が忘れられません。舞台の美しさに加えて、レナ・ツィトコーワのオクタヴィアン役がとても魅力的でした。

この「ばらの騎士」という作品はまだまだ多くの演出や歌手たちによって楽しむことが出来そうです。

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コメント

僕はあのシュワルツコップが歌っているオペラ映画を持っているのですが、やはりフレミングをもってしてもシュワルツコップのマルシャリンには敵わないというのが正直なところです。
特にあの1幕のモノローグ。
フレミングもうまいんですが、「アンタの心の内は分かったから、もういい加減に終わってくれ~」って思ってしまうんですよね。
まあ、確かに今のソプラノでこれほどのマルシャリンを歌えるのは彼女以外に全くいないのも事実ですが。

カンカンを歌ったグラハムにはあまり感心しませんでした。
美少年というには少々おばさん顔でしたし、何よりも声が野太過ぎです。
いっそのことシェーファーに歌わせれば良かったと思ったのは僕だけでしょうか。

ジグムンドソンははじめて聞く歌手でしたが、まあこんなもんでしょう(どうしてもエーデルマンと比べてしまう…)。

アレンも…。うーん。あのクンツと比べてしまうんですよねぇ…

あの伝説の映画を前もって見てしまった僕が不幸なのでしょう(だって安かったんだもん)。

投稿: ジャンボ | 2010年3月 4日 (木) 21時31分

ジャンボさん、コメントをありがとうございます。
シュワルツコップのマルシャリン(1960年のカラヤン盤ですね?)は未見・未聴なので何とも言えないのですが、彼女独特の風格と気品は容易に想像が出来ます。

>いっそのことシェーファーに歌わせれば良かったと思ったのは僕だけでしょうか。

本文にも書いたように、私もオクタヴィアン=シェーファー派です。彼女はすでに7,8年前のインタビューで「もうゾフィーは卒業したい」と述べていました。その後、パリやザルツでのケルビーノ役が絶賛を浴びてる以上、オクタヴィアンを演じるのも時間の問題だと思います。早く見たいものですね。

投稿: YASU47 | 2010年3月 5日 (金) 22時31分

>1960年のカラヤン盤ですね?
そうです!
シュワルツコップもさることながら、中性的なだけでなく、女装(?)も見事なユリナッチのカンカン、俗物と高貴さのバランスが絶妙なエーデルマンのオックス、可憐なローテンベルガーのゾフィー、飄々とした初老のオヤジといった感じがたまらないクンツのファーニナルと、いずれもシュワルツコップに引けを取りません。
カラヤンのムード音楽的な音楽づくりも颯爽とした指揮姿と相まって吉と出た感じもあります。
トンデモ演出国際見本市の最たるものと化して久しいザルツブルク音楽祭の記録だけに、オペラとは何かということも考えさせられる映像記録でもあります。

>ルネ・フレミング
僕も20年ほど前に彼女をTVか何かで見たような感じがするのですが、あまり印象に残ってませんね。
ただ、一昨年にメットのオネーギンをDVDで見てから評価が変わってきて、気がつけば彼女のDVDとCDを買い集めている自分がいます(笑)。

投稿: ジャンボ | 2010年3月 7日 (日) 09時25分

ジャンボさん、
「ばらの騎士」が沢山の優れた映像盤に恵まれているのは作品そのものの質の高さゆえということもあるのでしょうね。
ルネについても同感です。最近のタイス(MET)やアラベラ(チューリッヒ)でも素晴らしい存在感を示しています。

投稿: YASU47 | 2010年3月 7日 (日) 23時24分

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