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2010年2月25日 (木)

第142回直木賞作品を読む

「オール讀物」3月号に第142回(2009年下半期)の直木賞作品が選評、本人エッセイ、対談等と共に掲載されていたので一読しました。今回は佐々木譲の「廃墟に乞う」と白石一文の「ほかならぬ人へ」の2作品が選ばれています。

佐々木譲はすでに多くのベストセラー作品を輩出しており、これまでの実績が敬意をもって加味された気配があります。僕もつい数ヶ月前に「武揚伝」と「帰らざる荒野」を読んだばかりでした。両作品共に彼の生地北海道を舞台にしています。今回の「廃墟に乞う」も北海道を舞台とした彼の得意分野の一つである警察官の物語です。但し、サスペンスや謎解きを主題としているのではなく、犯罪の背景やそれにまつわる人間模様を描いています。今回の受賞作「廃墟に乞う」は休職中の刑事を主人公とした6連作ですが「オール讀物」には一作品しか掲載されていません。それでも、主人公の訳有りの憂いと犯罪者の哀しみ、かつての炭鉱町のモノトーンの風景などが真っ直ぐに迫ってくる良質のエンターテイメント作品です。

ちょっと驚いたのは、受賞記念エッセイの中で作者が「文学好き高校生だった頃、周りは圧倒的に大江健三郎ファンが多かったが、私は高橋和己派だった」と書いていることでした。佐々木作品が「自己を突き詰めること」よりも「社会や他者との関係性を描いている」ことの原点を垣間見た思いです。

もう一つの受賞作、白石一文の「ほかならぬ人へ」はちょっと苦手な作品です。とても読みやすい文章なのですが、描かれる主人公の人生や日常や恋愛に興味と共感を持たねばならぬ必然性が感じられないのです。訴え方が弱いと言ってしまえばそれまでですが、こうした私小説風作品はどうも体質に合いません。

候補作の一つ、池井戸潤「鉄の骨」は談合の世界を描いた経済小説とのことでしたが、文章力と人物描写力が理由とされて受賞には至りませんでした。実はつい最近、氏の「空飛ぶタイヤ」をとても面白く読んだばかりでした。若干、ステレオタイプ的な人物の描き方という弱点はありましたが、それを遥かに陵駕する作品力は見事なものです。折しもトヨタのリコール問題がニュースになっていますが、「空飛ぶタイヤ」は2002年に発生したトラック脱輪事故による母子が死傷事件とそれに伴うリコール隠しを下敷きとしています。銀行や企業を舞台とした不正に焦点を当てる池井戸作品にはこれからも注目です。

  

下の写真は佐々木譲(左)、白石一文(右)の両受賞者。

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2010年2月19日 (金)

スキー@福島県羽鳥湖

1002162 スキーをしたのは実に久しぶりです。思い立って急に温泉とスキーの旅へ・・・(あ、ついでに喜多方ラーメンも)。福島県の南部に位置するグランディ羽鳥湖スキーリゾートは平日のせいかガラ空きで、設備の整った全12コースのゲレンデは初心者にとっては最高の環境でした。

元々、下手な上に数十年のブランク、運動不足、肉体的老化が加わり、最初のうちは転倒続きでしたが、それでも次第に慣れて広いゲレンデと林の中のプロムナードコースも楽しめるようになりました。また行きたいぞ。

この羽鳥湖高原はスキー場に加え、レジーナの森と呼ばれる新しいリゾート施設も開発され、四季を通じて自然と戯れることが出来るようです。磐梯、猪苗代方面と比べると静かなのが良いですね。

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2010年2月15日 (月)

日本代表・東アジア選手権

100215 昨日の日韓戦をもって東アジア選手権が終了しました。日本代表は対中国戦0-0、香港戦3-0、韓国戦1-34チーム中3位に沈みました(目標はW杯ベスト4ではなく、東アジアベスト4だったのか?)。どの試合もサポーターによるブーイングは当然という内容でした。各スポーツ紙には「相変わらずのパスサッカー」、「前を向けないFW」、「コンセプトに縛られた創意のなさ」、「個の突破力の不足」等々の評論が並びます。私も結局3試合ともTVの前で観戦していましたが、勝敗は別としても、これほどまでに空しい内容の代表の試合は初めてでした。監督が与えるコンセプトとやらが選手間で空回りしている様子がありありと伺えます。ボール支配率で勝り、選手たちは必死でプレイしている「ように見える」のですがボールを相手の危険ゾーンには持ちこめず、ゴールの気配が全くありません。日韓戦直後のアンケートによると、岡田監督の解任には86%が賛成とのことです(奇しくも小沢氏の幹事長職あるいは議員を辞職すべきとの世論調査数値とほぼ同一)。W杯ベスト4へのチーム造りとあまりにかけ離れた内容にサポーターたちの失望もよく理解出来ます。

小笠原選手の起用方法には大いに不満を感じました。結局、彼を使い切れなかった岡田監督の限界がみえるようです。彼を外した韓国戦では「日本代表の目を覚まさせるためにも」韓国側を応援している自分がいました。結局、ファイティング・スピリッツ、スピード、個の突破力に勝る韓国チームのプレイの見事だったこと!Jリーグ出身のイ・グノ、パク・チュホの活躍も嬉しかったですね。

岡田監督は解任されても一向に構わないのですが、折角だから南アフリカまで行って、最後まで責任をとってもらいましょう。ベスト4入りではなく、「シュートを打たないチーム」として世界を驚かせてしまうのではと心配もしますが、「こんな弱小チームが・・・」と、アジア枠が減ってしまうことを恐れます。

今シーズンの興味はすでにアントラーズの4連覇とACL優勝です。そのためにも「小笠原と岩政は返せ!」と「内田篤人を怪我させるな!」です。

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2010年2月11日 (木)

『カルメン』@METライブビューイング

10021carmen 引き続きのMETライブビューイング視聴はお馴染みのビゼー作曲『カルメン』です。「MOVIX柏の葉」は東劇に比べるとシネコンならではの座席と視覚上の快適さは優れているのですが、音量が大きすぎて特にバリトンの声が割れまくりです。

リチャード・エアによる新演出は伝統の中にも現代的な色彩も帯びており好感が持てます。とりわけ演技力に長けた出演者たちを集めたせいでしょうか、劇的な色彩が濃かったように思います。だからと言ってそこはMET、音楽がおろそかになっていることは全くありません。

エリーナ・ガランチャは歌唱のみならず、演技に、激しいダンスにと期待通りの大活躍です(でも、男心には前シーズンで魅せてくれた可愛いいチェネレントラの方が・・・、と、これは役柄のせい?)。

100211garanca 初めてガランチャを観たのは20035月、フランクフルト歌劇場での「コジ・ファン・トゥッテ」でした(左の写真はその時のもの)。当時のメモに「容姿と演技力に恵まれた魅力的なメゾ」とありました。彼女は2005年にウィーン国立歌劇場で「ウェルテル」のシャルロット役(DVD映像あり)を演じてヨーロッパでの人気に火がつきました。当時、未だ名前に馴染みはなかったものの、一気にスターダムに駆け上がろうという時期のガランチャを観ることが出来たのは幸運でした。

ホセ役のアラーニャはここでも情けない男がよく似合っています。甘いテノールとマスクに加え、メタボ体型の進行がいっそうドン・ホセの哀れさを引き立たせます。アラーニャのファンにとっては複雑な心境でしょう。

ミカエラはイタリアを代表するソプラノ、バルバラ・フリットリです。流石に第三幕の「ミカエラのアリア」は実に美しく聴かせてもらえました。贅沢な配役です。

他の出演者ではフラスキータ(S)とメルセデス(MS)というカルメンの女盗賊仲間を演じたエリザベス・カバレロ(今回がMETデビューらしい)とサンドラ・P・エディの二人組が歌にも動きにも良い味を出していました。名前を覚えておくことにしましょう。

とても秀逸だったのが前奏曲と間奏曲をバックにしたバレエでした。とりわけ美しい間奏曲と共に踊られるパ・ド・トゥには目と耳を奪われました。演出と振り付けの妙です。

慌ただしく4週間続いたライブビューイング連続上映もしばらく休止です。残りは月1回ベースの3作となりました。

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2010年2月 4日 (木)

『ばらの騎士』@METライブビューイング

100204rosenkavalier 流石、METの「バラの騎士」はオーソドックながらもキメの細かい演出、実力、名声を共に備えた出演者たち、一糸の乱れもない演奏、見栄えのする舞台装置と衣装等々による素晴らしい出来栄えです。全く弛緩することのない至福の3時間強でした。

最大の功労者はやはりルネ・フレミング(S)でしょう。年令と共に魅力を増してゆく、この不思議なソプラノは今回も元帥夫人の無邪気さ、哀しみ、気品を見事に演じ、歌い上げていました。第一幕の最終場面では実際に涙を流し、最終幕の若い二人を残して立ち去る場面では表情に万感の思いを込めていました。決してリリックな美声ではありませんが、強力な中音域と情感を全面に出した独特の表現によって、やはりこの人はモーツァルト(例えば伯爵夫人)よりもシュトラウスヒロインの方が似合うようです。今シーズンのMETライブビューイングでは更に5月にロッシーニの「アルミーダ」が控えています。幅広いジャンルをどのようにこなすのかを観るのが楽しみです。

インタビューで知りましたが、オクタヴィアン役のスーザン・グラハム(MS)はフレミングとMETオーディションの際の同期ということだそうです(同じ1959年生まれ?)。どうりで二人の息がぴったりの筈です。オクタヴィアン役を演じた回数はすでに数えきれないほどでしょうし、フレミングとの共演回数も半端なものではないでしょう。歌唱、演技共に堂に入ったものでした。

それら生粋のアメリカン同期コンビに囲まれて(それもMETで)、ゾフィー役のクリスチーネ・シェーファー(S)は完全にアウェイ環境に置かれていたようでした。控えめな性格や言葉の問題もあるでしょうが、インタビューでも美味しい部分を開けっぴろげで屈託のない二人組にさらわれていました。それでも、シェーファーのゾフィーは歌唱も演技も容姿も申し分ありません。第二幕ではグラハムとジグムンドソン(オックス男爵)に比べて声量の少なさと、それをカバーしようとする若干の無理が気になりましたが、それでも、最終幕の三重唱、二重唱の美しさは完ぺきです。ただし、シェーファーの個性はゾフィーというお嬢様役の枠には留まらないものであり、個人的にはむしろ、メゾ音域を含めた広い声域と優れた演技力を駆使してのオクタヴィアン役を期待したいところです。すでに彼女の素晴らしいケルビーノを2006年のオペラ座ザルツブルグの映像でみることが出来ます。きっと、これまでのズボン役という既成観念を越えた新しいオクタヴィアン像を創り上げてくれる筈です。

さらに特筆すべきことは、トーマス・アレンという大ベテランを配したことで、ファニナルが単なる脇役に留まらない存在感を示すと共に、舞台がとても引き締まったことです。指揮者エド・デ・ワールトもベテランらしく、決して出しゃばらない堅実な演奏を聴かせてくれました。昨シーズンに比べて大幅に改善された劇場(東劇)の音響を相俟ってとても心地よい音楽に浸ることが出来ました。

尚、手元には5本の映像がありますが、やはり、C・クライバーの振るバイエルン国立歌劇場盤(1979)とウィーン国立歌劇場盤(1994)の2本が双璧でしょう(演出は共にO・シェンク)。前者の輝かしさと後者の情感溢れるオーケストラ演奏もさることながら、歌手たちも存分にその素晴らしい歌唱と演技で観る者を惹きつけてくれます。

実演では、20076月の新国立劇場での公演が忘れられません。舞台の美しさに加えて、レナ・ツィトコーワのオクタヴィアン役がとても魅力的でした。

この「ばらの騎士」という作品はまだまだ多くの演出や歌手たちによって楽しむことが出来そうです。

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