第142回直木賞作品を読む
「オール讀物」3月号に第142回(2009年下半期)の直木賞作品が選評、本人エッセイ、対談等と共に掲載されていたので一読しました。今回は佐々木譲の「廃墟に乞う」と白石一文の「ほかならぬ人へ」の2作品が選ばれています。
佐々木譲はすでに多くのベストセラー作品を輩出しており、これまでの実績が敬意をもって加味された気配があります。僕もつい数ヶ月前に「武揚伝」と「帰らざる荒野」を読んだばかりでした。両作品共に彼の生地北海道を舞台にしています。今回の「廃墟に乞う」も北海道を舞台とした彼の得意分野の一つである警察官の物語です。但し、サスペンスや謎解きを主題としているのではなく、犯罪の背景やそれにまつわる人間模様を描いています。今回の受賞作「廃墟に乞う」は休職中の刑事を主人公とした6連作ですが「オール讀物」には一作品しか掲載されていません。それでも、主人公の訳有りの憂いと犯罪者の哀しみ、かつての炭鉱町のモノトーンの風景などが真っ直ぐに迫ってくる良質のエンターテイメント作品です。
ちょっと驚いたのは、受賞記念エッセイの中で作者が「文学好き高校生だった頃、周りは圧倒的に大江健三郎ファンが多かったが、私は高橋和己派だった」と書いていることでした。佐々木作品が「自己を突き詰めること」よりも「社会や他者との関係性を描いている」ことの原点を垣間見た思いです。
もう一つの受賞作、白石一文の「ほかならぬ人へ」はちょっと苦手な作品です。とても読みやすい文章なのですが、描かれる主人公の人生や日常や恋愛に興味と共感を持たねばならぬ必然性が感じられないのです。訴え方が弱いと言ってしまえばそれまでですが、こうした私小説風作品はどうも体質に合いません。
候補作の一つ、池井戸潤「鉄の骨」は談合の世界を描いた経済小説とのことでしたが、文章力と人物描写力が理由とされて受賞には至りませんでした。実はつい最近、氏の「空飛ぶタイヤ」をとても面白く読んだばかりでした。若干、ステレオタイプ的な人物の描き方という弱点はありましたが、それを遥かに陵駕する作品力は見事なものです。折しもトヨタのリコール問題がニュースになっていますが、「空飛ぶタイヤ」は2002年に発生したトラック脱輪事故による母子が死傷事件とそれに伴うリコール隠しを下敷きとしています。銀行や企業を舞台とした不正に焦点を当てる池井戸作品にはこれからも注目です。
下の写真は佐々木譲(左)、白石一文(右)の両受賞者。
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