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2010年1月31日 (日)

『命の水を求めて』・ペシャワール会の活動

100131 アフガニスタンの東部、戦乱と大干ばつという困難な環境の中で、2003年から2009年にかけてペシャワール会(中村哲代表)による井戸掘りと用水事業を描いたビデオの上映会がありました(八千代市の市民団体主催)。これはNHKで放映された現地ドキュメンタリー番組を60分間に編集し直したものです

ペシャワール会の活動については最早詳しい説明は不要でしょう。1984に医療活動を開始した中村医師を中心に、井戸掘り(計1500本)による飲料水の確保と灌漑工事による農業用水の確保という事業を実施し、戦争と干ばつによって疲弊した村と農地の復興、更にはそのことによってアフガンでの恒久的な平和を目指しているNGOです。これらの事業は日本の市民たちによる善意の寄付でまかなわれました。20088月にメンバーの一人、伊藤和也さんのテロ組織による誘拐・殺害という悲劇に見舞われ、殆どの日本人スタッフは国外に退去せざるをえませんでしたが、2009年にはついに全長24キロの用水路が完成しました。ビデオの中で、一期工事が完成し、クナール川からの水が用水路に導かれるシーンは感動的です。

1979年にソ連軍がアフガンに侵攻してから30年が経ちました。以来、この国は超大国や周辺諸国、そして様々の政治勢力の思惑に翻弄され続けてきました。私たちが新聞やTVのニュースを通じてこの国を眺めると、米国、旧ソ連、パキスタン、タリバン、北部同盟、アルカイダ、更には国連、ISAFといった諸勢力の地政学的なせめぎ合い図として捉えがちです。しかし、そこには約3000万人の人々が貧困の中に住み、生命の危険に晒され、更に約600万人が難民化しているという現実があります。ペシャワール会は国や政治党派からは一線を画し、一貫して弱者と疲弊した農村地域の視点から復興活動を実践しています。

鳩山民主党政権は昨年11月に、アフガニスタンに対して、5年間で総額50億ドルの援助額を決定しています(給油活動に代わるものとして)。「元タリバン兵士の社会復帰のための職業訓練」「警察官給与負担」「農業・医療支援」だそうですが、具体策はいっこうに見えてきません。相変わらずの小切手外交というだけでなく、アフガン国民自身による自助努力を無視した悪しき一方通行援助になりかねません(最悪、日本製高級医療器具やハコモノ建設の押し付け?)。真の平和とは?復興とは?支援とは?いろいろと考えさせる上映会でした。

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2010年1月28日 (木)

『ホフマン物語』@METライブビューイング

100127 4週連続というMETライブビューイング月間の2週目、オッフェンバックの『ホフマン物語』はちょっと厄介な作品です。E.T.ホフマンの原作を読んだことはないのですが、物語の主人公ホフマンの内面への共感を感じ取ろうとすると、それなりに難解で底が深いことに躊躇してしまうのです。今回の演出者のバートレット・シャーはインタビューの中で作家の意図よりもオッフェンバックの音楽世界を表現することを優先したというようなことを語っていました。ということで、単純に演出の斬新さ、舞台の美しさ、そしてゴージャスな音楽を楽しみましょう。

上述したように深入りしようとすれば難解な作品ですが、シャーの演出は視覚上、とても分かり易く説得性のあるものでした。3幕に分かれて主人公の恋の遍歴が綴られていくのですが(プロローグとエピローグを含めれば全5幕)、各場面は鮮やかな色彩と洒落た小道具、衣装によってそれぞれ性格づけられています。シャーはミュージカル「南太平洋」で2008年のトニー賞(最優秀演出賞)を受賞したというブロードウェイ出身の演出家だそうです。なるほど・・・。

出演者はアントニア役の・ネトレプコを除いて初めて名前を聞く歌手ばかりでしたが違和感はほとんどありませんでした。すでに初々しさこそ感じられませんが、ネトレプコの存在感は群を抜いています。暗く重めの声がアントニアの不幸を更に際立たせていました。

ただ、オランピアのキャスリーン・キムは歌唱に工夫が感じられず、ビジュアル上もかなり浮いていたように感じました。抜群のコロラトゥーラを聴かせると同時に表現力が群を抜いているN・デセイや壊れ具合が芸人の域に達しているP・プティボン(French Touch映像)のオランピアが刷り込まれていると、期待していただけに、キムの平板さにはいっそうの不満が残ります。

今回の演出で美味しい役だったのがケイト・リンジー(MS)の演じるニクラウスでしょう。舞台に出ずっぱりで、ある時はホフマンの忠告者、ある時は挑発者として単なるズボン役を越えた演技力と魅力を発揮していました。歌唱でも第3幕で歌われるロマンス「震える弓の下で」と第4幕のジュリエッタとの二重唱「美しい夜が(ホフマンの舟歌)」は圧巻でした。

手元にある映像はリヨン国立歌劇場の舞台です(1993年、ルイ・ルエロ演出、ケント・ナガノ指揮)。ホセ・ファン・ダム、バーバラ・ヘンドリックスに加えてデビュー後3年しか経っていないデセイのオランピアを聴くことが出来ます。しかし、舞台装置は安っぽく、演出も平板で、「ホフマン物語」がこれまで苦手であったのは、この映像作品によるものだったのかもしれません。今回のMETの舞台は改めてこの作品の面白さと実は壮大なグランドオペラであったことを教えてくれました。

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2010年1月21日 (木)

『トゥーランドット』@METライブビューイング

100120turandot 今回のMETライブビューイングはプッチーニの『トゥーランドット』です。前回の「アイーダ」に続いて重量級の歌手たちと豪華絢爛な舞台装置に若干胃もたれ状態です。

この作品の主人公たちにはどうも感情移入することが出来ません。オリジナルの物語は12世紀のペルシャの叙事詩に遡るそうですが18世紀にイタリアで戯曲化され、それをプッチーニがオペラに仕上げたものです。ヴェリズモ(現実主義)作品を作ってきたプッチーニにしてはストーリーが荒っぽいだけでなく、大真面目な主人公のカラフにつけられた大仰な音楽(例えばあまりに有名な「誰も寝てはならぬ」)と噴飯ものの人格(自分のせいで犠牲になったリューを見殺しにしておいてまだ姫の追っかけか?)がミスマッチです。まぁ、オペラのストーリーにいちいち目くじらを立てていたらキリがありませんが・・・。

なお、プッチーニは癌のため1924年に、「召使いリューの自刃」のところまでを作曲したところで死去し、残りの部分はスケッチを元に弟子が完成させたとのことです。この作品はプッチーニにとっての「レクイエム」となりました。他のプッチーニ作品では聴くことの出来ない抒情的な合唱が散りばめられていますし、リューの美しいアリアには耳に心地よく響きます。

手元には同じMET1987年に収録された映像作品(DVD)がありました。METではF・ゼフィレッリによるこの演出が30年以上続いているのですね。違いはトゥーランドット姫の衣装くらいでした。1987年版では超ドラマティック・ソプラノのエヴァ・マルトンがトゥーランドット姫の氷のような冷酷さを見事に歌い上げていました。一方、今回のマリア・グレギーナは性格的な冷たさというよりは権力者としての冷酷さを感じました。彼女がこれまで演じてきたアビガイッレやマクベス夫人のイメージが強すぎるからでしょうか?

今回のカラフ役のマルチェロ・ジョルダーニは容姿が1987年版の若きP・ドミンゴによく似ています(同じ衣装というせいもあるかもしれませんが)。ドラマ性ではドミンゴが、声の伸びではジョルダーニが勝るように感じました。また、今回の指揮者は31歳(らしい)のA・ネルソンスです。金管奏者出身という珍しい経歴の持ち主です。オケがあまり出しゃばらない演奏で好感が持てました。

案内役はパトリシア・ラチェット。昨年のライブビューイング「蝶々夫人」が好評だったようです。私は一昨年の「ピーター・グライムス」でのエレン役が印象に残っています。でも、仕切りの巧さとユーモアのセンスではやはりルネ・フレミングが上ですね。早く戻っていらっしゃい。

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2010年1月17日 (日)

twitter

100118twitter_2  「新しいモノ」に弱いのです。一週間ほど前に、何かと話題のtwitterを始めてみました。140文字以内という気安さに毎日ひと言づつ「つぶやいて」はいますが、実はまだ仕組みやルールが良く分かっていません。一応、オバマ大統領や鳩山首相、何人かの有名人やブログ仲間の「つぶやき」も「follow」はしています。でも、多すぎると読むのが追いつけません。その場合は「List」に振り分ければ便利なことを最近覚えました。また、「Reply」「とRetweet」という機能はblogTBやコメントの簡単版ですね。

このtwitterが、いっそう迅速な情報交換ツールなのか、簡易ブログ版なのか、現代風の緩いコミュニケーション手段なのか、企業にとってのアンテナなのか、良く分かりません。インターネットやblogの創生期と同様、そのうち「見えて」くるのでしょうか。

思い起こせば、私が初めてPC通信にハマったのは1980年代の後半でした。双方向コミュニケーションの視点からは、そこでのフォーラムが「全て」の始まりだったかもしれません。インターネットはそれまでのPC通信世界をあっという間に駆逐してしまいましたが、代わってHomepage、続いてBlog、更にはmixiのようなSNSがコミュニケーションの場を提供してきました。さて、このtwitterが新しい時代の覇者となるのでしょうか?

ということで、しばらくは下記のURLで試運転を続けてみることにします。https://twitter.com/YASU47

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2010年1月15日 (金)

神田神保町を歩く

100115 最近、仕事でしばしば九段下を訪れます。帰路は神保町の古書街を抜けて御茶ノ水駅に至るコースが楽しいですね。この神保町には計176軒の古書店が集まっているとのことで、勿論世界一の規模です。山積みにされた古文書や古地図や全集本などを眺めながら一軒一軒覗いてみるのも面白いのですがそれではキリがありません。やはり有る程度の目的を決めて出かけるのが良いでしょう。

私のお気に入りは音楽関連書籍が専門の「古賀書店」。クラシック音楽に関する戦前からの雑誌や評論、著作が沢山並んでいます。最近出版された古本が半分以下の値段で買えるのが魅力的ですね。その隣の「矢口書店」には映画・演劇関連の古い雑誌やポスターが山積みになっています。多くの店でそれぞれの専門分野を中心とした思想書、歴史書等々が並んでいますが、買ってもじっくりと読むことは出来そうにありません。井上靖作品の単行本集、高橋和己全集(10冊で14,500円)などという掘り出し物も見つけましたが・・・。

たまには気分を変えて、大型書店やアマゾン・コムでは味わえない独特の雰囲気を持つ神保町に寄り道をしてブックサーフィンは如何ですか?

ところで、昔、神保町の外れ、小川町に「ウニタ書房」という知る人ぞ知る小さな書店がありました。社会主義系の書籍、雑誌が本棚を埋め、新左翼諸党派の機関紙が手前の低い台の上にずらりと並び、店内は当時の御茶ノ水界隈の雰囲気を凝縮したような空気が漂っていました。大阪に暫らく住んでいた時には天王寺の「大阪ウニタ書房」にやはりよく通ったものです。遡って、学生時代を過ごした仙台には丸光デパートの裏通りに「八重洲書房」という小さな本屋がありました。やはり独特の雰囲気を持った店で、同様に機関紙なども置いてありましたが、思想や純文学に関する書籍が中心で工学部の私にとってはちょっと敷居が高かったようです。

お腹が空きました。神保町界隈にはどういう訳か「カレー」の店が多いのです。「買った本を片手で食べながらすぐ読むことが出来る」というのが理由の一つだそうです。真偽のほど不明ですが、学生やインテリたちの片手に本、片手にカレーのスプーンという姿は想像し易いですよね。

私が入ったのは元祖欧風カレーで有名(らしい)な「ボンディ」。古書センター2階の漫画店内を横切って到達しました。ビーフカレー1,450円という値段はちょっと高めですが、ゴージャスで農厚なカレーソースの味は十分な満腹感と満足感を与えてくれます。付け合わせはバター付きの茹でジャガイモです。これも何か由来があるのでしょうか?

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2010年1月 7日 (木)

初詣@東京スカイツリー

100107 初詣代わりに、今流行りの(本当か?)「東京スカイツリー詣」に行ってきました。工事現場に掲げられた看板によると「現在のタワーの高さ254メートル」とのことです。近くの業平橋の上で平日の昼間からは多くの人がカメラを構えていました。

何せ、完成後の姿はいつでも見ることが出来ますがこの高さのでの姿は今しか見ることが出来ません。また、至近距離で全景をカメラに収めることが出来るのもあと暫らくの間でしょう。映画「三丁目の夕日」で東京タワーが次第に組み上がっていく姿が見られたように、このスカイツリーも設計高さ634メートルの丁度4割に達しました。世界一の高さは先日ドバイに竣工したばかりの「ブルジュ・ハリファ」の828メートルには遥かに及びませんが、それでも完成後の威容を想像するだけで圧倒されるものがあります。

このスカイツリーは東武線貨物駅の跡地に建設されています。巨大建造物の計画時にありがちな土地収用や日照権を巡る紛争があったとは聞きません。地デジ導入への賛否は別として、電波・電磁波障害の可能性については不安が残るものの、総じて地域の完成後の商業的波及効果への期待は高いものといえそうです。但し、オフィスビルが中心の都心と異なり、周辺が住宅地域であることは、特に電磁波による健康障害が発生した場合の対処には万全を期すべきと思います。

次回は400メートルを超える予定の秋頃にまた出かけてみることにしましょう。

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