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2009年1月 8日 (木)

『無言館』@信州上田

90107 信州上田市郊外の丘陵地に『無言館』は静かに佇んでいました。故水上勉の長男で著作家、美術評論家の窪島誠一郎氏が、絵筆を銃に持ち替えさせられた戦没画学生たちの遺作を収集し1997年に開館したものです。この地には元々窪島氏が明治以降に夭折した近代画家たちの素描を展示している「『信濃デッサン館』という小美術館が存在しており(1979年開館)、この『無言館』はその分館として開設されたものです。収集作品も増え、昨年9月には近くに『無言館第二展示館』もオープンしました(ここでは、併せて「無言館」と呼びます)。展示点数は本館が30余名、80点ほど、第二展示館20余名、約50点ほどでしょうか。

遺作や遺品については窪島氏と自らも出征経験のある画家、野見山暁治氏が戦没者の遺族を訪ね、理解と協力を得ながら蒐集されたとのことです。その際に吐露された遺族たちの想いも紹介されており名もなき若き画家一人一人の短い生の重みがいっそう強く伝わってきます。残された絵画のみならず戦場から家族に宛てた手紙や葉書の上のデッサンやスケッチ等によって、彼らが最後まで画家とあろうとした想いが伝わってきます。

絵の脇に、画家たちの出身地、享年と共に戦没地とその年月が記されています。多くが1943-1945年に戦死あるいは戦病死しています。特攻で散った者もいました。とりわけ1945年に集中しているのは敗色濃い状況下での激しくも無為な戦闘行為の結果なのでしょうか?もう少しだけ生き抜いてくれれば晴れて再び絵筆を握ることが出来た筈です。その無念さが静寂かつ底冷えのする館内でひしひしと伝わってきました。

作品について言えば、家族の肖像画や風景画が中心です。数点を除き、絵そのものから受ける感銘が大きいとはいえません。しかし、絵具の手配にも事欠く戦争という時代背景を考えたときに、彼らのキャンバスにかけた夢や想いがじわりと伝わってきます。これらの作品群や遺品類が無言で訴えるものを大切にせねばと改めて思う訪問でした。

90107_2

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コメント

こんにちは

無言館ですね

今 ガザの報道を 見るたびにいったい何ができるのだろうかと 思わざるをえません

無言館の作品の時代の中で 絵筆を捜し求め
描いた人たちがいたということ

離れた地にいて 私には何を表せるのか
考えさせられていますよ

バッチ つけてます笑

投稿: lovebabo | 2009年1月16日 (金) 21時27分

lovebaboさん、
無言館の作品群は家族の肖像や身近な風景を描いたものが多いだけに、画家たちの存在とそれを奪った戦争というものをいっそう強く感じることが出来ます。
ガザでのニュースは接するたびに無力感に襲われてしまいますね。「九条実現」のバッチは微力ながらも反戦への意思表現の一つとして誇りに思いましょう。

投稿: YASU47 | 2009年1月17日 (土) 10時38分

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