モスクワ短信
数年ぶりのモスクワは相変わらずの車の渋滞と無秩序な街の発展に辟易とさせられます。空港からしばらく続く新緑の爽やかさも中心部に入ると共に薄れていきます。この国の5月は黄金の秋と共に最も美しい季節なのに・・・。街の表向きの華やかさの裏側に権力と金への信仰、格差、不安定さといったものを感じます。未曾有のエネルギー(天然ガス)輸出景気の中で消費と金融だけが拡大してゆくツケがいつ回ってくるのでしょうか?
この国を初めて訪れた30年前は東西間の雪解け関係も次第に軌道に乗りはじめた頃のソ連邦の時代でした。相変わらずの官僚主義と不便さには何度も泣かされましたが、人々は親切、素朴で、街は安全でした。その後、ペレストロイカやソ連崩壊といった大変動を経て、この国は大きく変わりました。ソ連邦崩壊直後の犯罪と物乞いが街に溢れていた苦難の時代は乗り越えましたが、今のような金と力がものを言う社会への変貌への違和感は拭い去りません。
今回は通り過ぎの滞在でしたが、ホテルの窓から眺めるモスクワ川の風景がほとんど変わっていないのは救いでした。
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コメント
懐かしいですね・・・私はあの時以来行っていないので。
ごちそうになったボルシチ今でも覚えています。
投稿: ヘボーうさぎ | 2008年5月 6日 (火) 05時50分
ヘボーうさぎさん、
大雪の日でしたね。ヘボーうさぎさんの海外での活躍の出発点に立ち会えたことを嬉しく思っています。そろそろRCOのモスクワ公演もあるのではないですか?
投稿: YASU47 | 2008年5月 6日 (火) 11時12分
>この国を初めて訪れた30年前は東西間の雪解け関係も次第に軌道に乗りはじめた頃のソ連邦の時代でした。相変わらずの官僚主義と不便さには何度も泣かされましたが、人々は親切、素朴で、街は安全でした。その後、ペレストロイカやソ連崩壊といった大変動を経て、この国は大きく変わりました。ソ連邦崩壊直後の犯罪と物乞いが街に溢れていた苦難の時代は乗り越えましたが、今のような金と力がものを言う社会への変貌への違和感は拭い去りません。
・・・時代を見て来たかたでないと仰れない、重みのあるメッセージですね。
「そうだったのか、そうなのか!」
と、海外に疎い(それどころか世間一般に疎い?)私には新鮮でした。
投稿: | 2008年5月 8日 (木) 01時37分
?さん、コメントありがとうございます。
「時代を見てきた」というか共に過ごしてきたことだけは確かのようです。人はそれぞれの場所でそれぞれの時代を過ごすのでしょうけど、私の場合は少しは変わった体験が出来たことは幸せだったと思っています。
投稿: YASU47 | 2008年5月11日 (日) 10時26分
「?」はkenでございました。
大変失礼致しました!
投稿: ken | 2008年5月13日 (火) 23時50分