« 2007年9月 | トップページ | 2007年11月 »

2007年10月21日 (日)

片島紀男著・『トロツキーの挽歌』

私は別にトロツキー主義者でもなければ、その思想の理解者でもありません。しかし、新聞でこの本の表題を見て反射的にamazon.comから取り寄せたのは、意識のどこかに、この稀有の革命家への畏敬の念があるからでしょうか。71015

1956年のフルシチョフによるスターリン批判によって、スターリンが社会主義というものをいかに血生臭く変質させたかということがソ連邦自身によって明らかにされました。またペレストロイカ以降に、多くのスターリンによって粛清された革命家たちが政治的名誉を回復しました(その命は戻りませんでしたが)。トロツキーについての再評価に関しても機運は高まったものの、ソ連邦の崩壊により正式な国家としての名誉回復までには至りませんでした。

この本はトロツキーのロシア革命に果たした決定的な役割や思想的成果、変遷を述べた論文ではありません。追放、そして亡命以降、メキシコでの暗殺に至るまでの、家族や支援者たちとの愛憎や葛藤を中心にした「人間」トロツキーを描いたものです。著者(NHKに在籍していたことには驚き)の彼への哀惜の思いが「挽歌」のタイトルの下に丁寧に綴られており、挿入された多くの写真にも大いに興味は惹かれたものの、「今、なぜトロツキーなのか?」という疑問への答えは見つかりませんでした。

尚、トロツキーの伝記としてはI・ドイッチャーの「武装せる・・」「武力なき・・」「追放された・・」の「予言者」三部作があまりに有名です。歴史的興味により、かつて読破を試みたもののあまりの長大さ故に中断したままになっていました。

暗殺の半年前に彼は「遺書」を書いています。その末尾は次のように記されています。

「生は美しい。未来の世代に属する人たちが、人間の生活から、すべての悪、すべての抑圧、すべての暴力を拭い去り、そしてその(生の)全てを享受するように・・・」

権力の座から追われ、反対派としての立場ゆえにこそ書ける文章とはいえ、ここに彼の一貫した理想主義と美学が表れています。もっとも、ロシア革命時、レーニンと共に組織の頂点に在ったときにはその権力の行使に躊躇はありませんでした。歴史に「もし」のないことが、今なお、トロツキーの理想主義や国際主義を現代世界の潮流の中で、スターリン主義よりも人間的精彩を帯びて生き永らえさせているのかもしれません。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

« 2007年9月 | トップページ | 2007年11月 »