井上靖記念館 @旭川
先月、北海道を巡った際に旭川の『井上靖記念館』に立ち寄りました。市内の一角にひっそりと佇む記念館です。
作家・詩人の井上靖は1907年の5月に旭川で生まれました(前にも書いたように、今年は生誕百周年です)。その後、数か月で母親の郷里、伊豆の湯ヶ島に移り、旭川時代の直接の記憶はないとのことですが、いくつかの執筆の中で母親の記憶を通じた旭川へ想いを綴っています。例えば、「幼き日のこと」(1972)では、雪の降る日に市場に買い物に出かけたときの言わば心象風景が、後日の母親との会話の記憶から導き出されて、そのまま幼い心に刻み込まれたことを記しています。その時の靖は生まれる前だったのですが、降りしきる雪の中で温かく、大切に母親の胎内に仕舞われていたことへの感動の記憶であったのだろうとも語っています。
その後、何度か生地を訪れた井上靖は冬の旭川を次のように表現しています。
「雪をかぶったナナカマドの赤い実の洋燈(ランプ)に導かれて、街の中心部に入って行く。雪の街、旭川」
ナナカマドがどんな樹木であるのかを知らなかったのでどうしてもイメージが掴めなかったのですが右の写真を見て納得です。関東では見ることは出来ないのですが、北海道では多くの都市で街路樹に使われているとのことです。
(ナナカマド:バラ科、七竈と書き、語源には諸説あり。写真は旭川のまりあさんのblogからの転載をご快諾いただきました。)
井上靖記念館には多くの自筆原稿や取材ノート、日常の愛用品、そして作品集が展示されています。展示室の正面には平山郁夫画伯による駱駝の隊商の大きな絵が飾られ、井上靖が生涯にわたって深い憧れを抱き続けた西域、シルクロードとの関わりが示されています。自分にとっては、どうしても主に中央アジアとの関連に興味が惹かれ、また先日、短編集『楼蘭』を読み、作者の西域への思い入れと想像力の豊さを強く感じ取ったばかりでしたので、よりいっそうの感慨をもって、この作者の足跡を辿ることが出来ました。
井上作品の優しさと温かみにはこれからも折りにふれて接していきたいと思っています。また、旭川訪問はこれまでの2回とも真夏でしたが、この次にはナナカマドの洋燈に迎えられる季節に訪れてみたいものです。
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コメント
前の映画「敦煌」の記事も読みました。あの映画、観ましたが、あんまりいいとは思いませんでした。井上靖の小説は、たぶん高校生のころ、好きで大概は読みましたが、どちらかというと日本の歴史を題材にしたものに夢中でした。映像化されると非なるものになってしまうような気がします。で、目下放送中のNHK大河ドラマは完全にパスしてます。北海道の方だというのは認識していませんでした。
投稿: edc | 2007年8月13日 (月) 09時25分
edcさん、こんにちは。
そうですね、映画「敦煌」からは井上靖の詩情や西域への想いを窺うことは出来ませんね。佐藤純彌監督は数年後に「おろしあ国酔夢譚」も映画化しています(やはり西田敏行が共演)。原作の持つ格調や詩情が損なわれることは承知の上で、題材の持つ壮大なロマンの商業的価値を見出したのでしょうね。尚、僕もNHKの大河ドラマには背を向けています。今に始まったことではないけど・・・(^^;)。
投稿: YASU47 | 2007年8月13日 (月) 22時30分
ご無沙汰しております。
いい夏を過ごされましたね!
「優しい心」に浸ることの出来る旅は、素晴らしい。。。
今年は上の子は受験、下の子は進学を控えていますが、二人が無事第一関門を突破したら、子供たちの思い出に残る「優しい心に触れる旅」を考えたいなあ、お、ふと思わせて頂きました。
あ、コルンゴルド、「死の都」はまだ封が切れません。「ヘルミーネの帰還」のCDから聴けばいけるかな、と思って買ってあるのですが、オペラは映像でないとやはりなかなか・・・CDかけたとたん、眠ってしまっていますから (^^;)
また、いい旅のご報告を楽しみにしております。
投稿: ken | 2007年8月21日 (火) 23時17分
kenさん
こちらこそご無沙汰しておりました。
当方、夏バテとネタ枯れでblogの更新もままなりません。北海道は猛暑ならびに現実逃避旅行でした(^^;)。
kenさんのblogは相変わらずエネルギッシュで幅広い話題が満載ですね。お子様たちも元気なご様子、何よりです。
コルンゴルドの音楽とは、いずれゆっくりとお付き合い下さい。
投稿: YASU47 | 2007年8月22日 (水) 23時00分