映画・『魔笛』
映画『魔笛』を見ました。ケネス・ブラナー監督が来日記者会見で、「オペラの専門家ではないからこそ、大衆に向けて扉を開くことが出来たと思う」と語っているように、この映画は決してオペラファンを満足させることが目的で作られたものではありませんが、モーツァルトや魔笛を知る、知らないに関わらずに楽しめる作品となっています。
これまで『魔笛』については、比較的多くの舞台や映像を観てきましたが、芯からの満足感を得たことはありませんでした。南極基地らしきところを舞台にした演出(2000年ヴィスバーデン)には思わずのけ反りましたし、2001年のパリ・オペラ座映像の学芸会的な演出には辟易です。『魔笛』は一歩間違えると、とんでもない駄作でしかなくなるという危うさと表裏一体の作品です。破天荒なストーリー、天真爛漫なメロディーから、美しいアリア、ミサ曲風の合唱曲に至る音楽の多様性、フリーメーソンの儀式を窺わせる神秘性等々がないまぜになった実にユニークな作品ですが、それらの魅力を舞台上であますことなく表現することは実に困難のようです。『魔笛』はヨーロッパ、とりわけドイツ語圏では上演機会の多い作品ですが、家族連れ向けの観客も多く、そのことが演出上の縛りにもなっているようにも感じます。
この映画では、『魔笛』だからこそ許される自由な解釈と演出が発揮されています。最終的には「愛と平和」に落ち着いてしまうという平凡な結末に不満も感じますが、それでも随所に映画だからこそ可能な演出、映像効果、ヒネリが満載です。そもそも背景を第一次大戦に設定することからして舞台表現の限界を超えていますし、更にSFXの多用、音楽と映像の計算された同期、効果的なカメラワークなどにより目と耳を奪われ続けます。「火の試練」のシーンなどは思わず「なるほど、こういう手もあったのか」と呟いてしまいました。
タミーノが戦場の泥の中から顔を上げる場面は「地獄の黙示録」、夜の女王の墜落場面は「ダイハード」、ラストの緑の絨毯が野山を覆う場面は「ファンタジア2(火の鳥)」など、パロディとも思えるシーンも幾つか見られます。そういえば、この作品は「地獄の黙示録」のパロディそのものかもしれません(カーツ大佐の帝国は安泰ですが(^^;))。
音楽面ではDOLBYサウンドが館内に響き渡り、モーツァルトを聴くという気分にはなれませんが、『アマデウス』以来の素晴らしいサウンドトラックです。出演者ではザラストロのルネ・パペ、夜の女王のリュボフ・ペトロヴァの両中堅が実にしっかりしています。ペトロヴァは2003年のグラインドボーン音楽祭の「こうもり」でアデーレを好演しているものの(TV映像より)、スープレッド役には気品がありすぎると感じていましたが、この映画では夜の女王の喜怒哀楽を見事に演じています。タミーノ役のジョセフ・カイザーとパミーナ役のエイミー・カーソンに大きな不満はありませんが、オペラファンの視点からすれば、別のキャスティングもあったのかなという印象です。
最期に、舞台映像の推薦盤を挙げるのは難しいのですが、2003年のコヴェントガーデン歌劇場盤(D・マクヴィカー演出、C・ディヴィス指揮)はハルトマン(タミーノ)、レシュマン(パミーナ)、キーンリーサイド(パパゲーノ)、ダムラウ(夜の女王)といった出演者たちの魅力もさることながら、演出が真摯なことに好感が持てます。『魔笛』は厄介な作品ですが、余計な理屈は考えないことが楽しむための最大のコツかもしれません。
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コメント
こんばんは
私もみました。ザラストロが本当にシビレました。
たしかにモーツァルトという感じではありませんでした。
音楽は楽しめる作品でした。
こういう演出でも映画だったら楽しめました
投稿: おぺきち | 2007年7月31日 (火) 22時53分
おぺきちさん、こんばんは。
モーツァルトであるかどうかは別にして、単純に自由奔放な音楽映画として楽しめましたよね。製作者とスタッフたちに感謝です。ミュージカルも含めて、このような楽しく、かつ音楽性に溢れた映画が増えるといいですね。
投稿: YASU47 | 2007年7月31日 (火) 23時34分
こんばんは。コメント&TB(なぜか反映されていませんが・・)ありがとうございます。特に期待とかなしで見たのですが、引き込まれました。平和と寛大な心、陳腐かもしれませんが、人類にとって実現が最も難しい課題だと思います。素朴に単純にこれを主張するのはいいことだと、年のせいか、思うようになりました。それでも、映画の中のザラストロとその仲間たちも一歩間違えば非常に危ういことを感じずにはいられません。完全なハッピーエンディングではないでしょう。そんなものはこの世には存在しないわけですし。TBしてみます。
投稿: edc | 2007年8月 1日 (水) 00時24分
edcさん、
お越し下さりありがとうございます。TBは無事に転送されたようです。
僕もザラストロによる平和には怖さを感じます。モーツァルトはどのように思っていたのでしょうね。
前に見た舞台演出のひとつでは、ラストシーンで一度は倒れた夜の女王が、ザラストロから手をさしのべられて和解するというものでした。カルトとファッショの余韻が残る限り、完全なハッピーエンディングとは言えないでしょうが、見終わった後にとても幸せな気分になりました。
投稿: YASU47 | 2007年8月 2日 (木) 00時36分