中山可穂『ケッヘル』(上・下)
女性作家特有のとても濃い作品でしたが、1500枚の長編を一気読みしました。何が濃いのかといえば、愛情、憎悪、恋愛、破局、レスビアン、逃亡、復讐、それに加えて多重人格、フリーメイソン、殺人、猟奇、薬物中毒に至るまで三世代にわたる愛憎テンコ盛りの物語なのです。そして、こんな一歩間違えれば辟易とするような物語を一本に繋ぐのがケッヘル・・・そう、モーツァルトの作品番号です。
登場する作品は実に60-70曲にのぼります。K139「ミサソレニムス(孤児院ミサ)」、K478「ピアノ四重奏曲」、K527「ドン・ジョヴァンニ」、K550「交響曲40番」、K626「クラリネット協奏曲」、K626「レクイエム」等々に加えて、多くのピアノソナタとピアノ協奏曲です。勿論、紙の上から音が聴こえてくる訳ではありませんが、いつの間にかモーツァルトの音楽がまるで映画のサウンドトラックのように頭の片隅で鳴っているような気分になるから不思議です。
この数奇な物語の発端(小説の書き出しではなく出来事の始まり)は、将来を嘱望されていた若き天才指揮者と女性ピアニストとのピアノ協奏曲20番(K466)での運命的な共演です(あ、千秋とのだめではありません。念のため(^^;))。指揮者はモーツァルトにのめりこみ、次第に全ての行動原則をケッヘル番号に求めます。時刻表マニアに似ているのかもしれませんね。列車番号をケッヘル番号に見立てて放浪する辺りはロードムービーの色彩が濃くなります。ウィーンやプラハといったモーツァルトゆかりの街もふんだんに登場し、旅の雰囲気を盛り上げます。
下巻に入ると物語は真犯人捜しのミステリー色が濃くなります。恋愛要素とミステリー要素が絡み合いながら物語が展開します。不満をあえて述べるならば、登場人物Aによる復讐とBによる協力への動機付けが弱いことです(Aはどこまで事実を知っていたのだろうか?)。加えて、復讐される者たちがこの一風変わった旅行社の扉を叩くようになった経緯が不明です(モーツァルティアンというだけではちょっと弱いような気がします。A&Bによる誘導による?)
≪ネタバレにならないようにこれ以上は止めたほうが良さそうです≫
中山可穂の作品は今回初めて読みました。表現や文章のセンスに溢れていて、読みながら飽きさせることは全くありません。一方で、女流特有の香りが濃く、モーツァルト絡みではないとちょっと手の出しにくい作品が多いようです。
最後に、ワルツさんのblog「うたかた日記」を紹介させていただきます(無断事後承諾でごめんなさい>ワルツさん)。この作品に登場する全モーツァルト作品のリストと主な作品のCD、ネット上の試聴音源が紹介されています。一読、一聴の価値ありです。
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コメント
YASU47さん、こばんは。ご無沙汰しております。
ブックマークさせてもらっているので、『ケッヘル』を読まれたというpingが飛んできました。
読ませてもらっていって、最後にびっくりしました。私などの稚拙なblogを紹介下さって、申し訳ない気持ちでいっぱいです。そして光栄で、恐縮しています。
この作品の、激しさに圧倒されました。同時にモーツァルト音楽が大変魅力的に出てきていて忘れ難いものとなりました。
YASU47さんは、プラハやウィーンなど、この作品で描かれている街へきっと行かれているのだろうと思い、とっても羨ましいです。(*^。^*)
TB、コメント頂き、本当に有難うございました!
投稿: ワルツ | 2007年6月30日 (土) 03時20分
ワルツさん、
コメント&TBをありがとうございます。ワルツさんの記事へのリンクも事後承諾を頂けたようで嬉しいです。読後にあの曲目リストを追うことで物語の様々なシーンを振り返ることが出来ました。その意味でもモーツァルトの音楽をとても巧く取り込んだ作品になっていましたね。
プラハもウィーンも好きな街です。もっとも僕の場合、カレル橋の上ではモーツァルトよりスメタナのモルダウが頭の中で鳴っていましたが(^^;)。
これからも面白い作品をいろいろと紹介して下さいね。
投稿: YASU47 | 2007年6月30日 (土) 20時35分