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2006年12月31日 (日)

年の終わりに

年が変わろうとしています。今年もあっという間の一年間でした。

最後になってイラクのフセイン前大統領の処刑という釈然としないニュースが飛び込んで来ました。この血生臭い政治ショーは米国とそれに追随するマリキ政権の思惑とは逆に、改めてイラク侵攻そのものの誤りと残酷さとを際立たせてしまったように感じます。

出口の見えないイラク情勢に加えて、レバノン、アフガン、ソマリア等々世界各地での紛争拡大、北朝鮮による核実験、国内では教育基本法の改悪と防衛省昇格法案の成立といった平和からの逆行が目立った一年間でした。地球規模での環境破壊と温暖化の進行も深刻さの度合いが深まっています。新しい年には自分も含めて、人々が殺し合うことの無い世界、地球環境に優しい社会を目指してより賢くなることを願うばかりです。

今年は父親の他界、友人の死といった悲しい出来事はありましたが、自分自身のみをとってみれば大過なく過ごすことが出来たことで概ね幸せな一年だったといえます。加えて、美術館に出かけ、カメラ片手のウォーキングを楽しみ、旧友たちとの再会を果たし、モーツァルトを聴き、「のだめ」に興じ、blogを通じた交流を継続し・・・という具合にささやかな楽しみの続いた一年間でした。

さて、一年の締めくくりは「第9」ではなく、「こうもり」のDVDにしましょう♪61231_1 勿論、クライバー/バイエルン盤です。これほどまでに楽しい舞台と洒落た演奏は他にあるでしょうか?

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2006年12月23日 (土)

ストラヴィンスキーの『ペトルーシュカ』

ほぼ一週間が経ったというのに未だ頭の中でしばしば「今日の料理♪」のテーマ曲が鳴り出します(^^;)。このメロディを頭の中から払拭するにはこれしかない!と棚の奥から取り出したのがパリ・オペラ座による『ディアギレフの夕べ』のLDです(この話題は「のだめ」を見ていない人には全く意味不明だろうなぁ・・・スイマセン)。61223petrouchka

この映像盤は20世紀初頭にディアギレフが率いたロシアバレエ団の代表的な演目を当時の振付と共に1990年1月にオペラ座(ガルニエ宮)にて収録したものです。M・フォーキン振付による『ペトルーシュカ』は当時、ストラヴィンスキーによるリズミカルな音楽と共にロシア古典バレエの殻を大きく破る革新的な作品でした。現代の僕らにとっては、この斬新な音楽と振付さえすでに古典の範疇であり大きな驚愕こそ感じませんが、それでも本能的なリズムと民族色、ユーモア、悲哀の詰まったこの映像盤は一見の価値があると思います。

加えて、私事になりますが、自分にとって強烈なストラヴィンスキー体験というのが1979年の1月(もう28年も前だ(^^;))にありました。パリ郊外ポルト・ヴェルサイユのスポーツセンターで行われた20世紀バレエ団による「火の鳥」「ペトルーシュカ」「春の祭典」3部作公演でした。舞台は円形、オケはなく、音楽は舞台の両側に設置された巨大なスピーカーから流れます。M・ベジャールによる振付は実にシンプルかつ大胆です。ダンサーたちは皆お馴染みのレオタード姿であり、音楽の力と照明の効果を最大限に生かしながら肉体の持つ躍動感を極限に至るまで表現します。当時のノートには、「火の鳥は鮮やか」「ペトルーシュカは素朴」「春の祭典は原始的なリズムによる肉体賛歌」といった感想が書かれています。バレエに関する専門知識は全く持ち合わせていなかったのですが、その晩の興奮は今でもかなり鮮明に蘇ってきます。ベジャールのストラヴィンスキーは今も何処かで見ることが出来るのでしょうか?

さて、手元には以下のオーケストラCDがありました。

P・ブーレーズ/NPO (1971)

P・ブーレーズ/クリーヴランド管 (1991)

奇しくも20年間隔を置いたブーレーズ盤が2枚。カップリングは両方共に「春の祭典」。演奏時間はほぼ同じでゆっくり目です。良く言われるように分析的な演奏と言えるのかもしれませんが決して冷たくありません。共に精緻な演奏で、サウンド、リズム共に大いに満足させてくれます。個人的な好みからいえば、オケと録音の面で後者になります。

ピアノ版は今回、D・マツーエフによる新盤(2005)を購入しました。如何にもロシア的情緒と迫力に溢れた演奏ですが、のだめの自由奔放なピアノの方により魅力を感じてしまいました(あ、また「今日の料理」が・・・(^^;)

蛇足です。

オペラ座の『ディアギレフの夕べ』には、ドビュッシーの『牧神の午後』も収録されています。V・ニジンスキー振付による官能的な音楽絵巻は素晴らしい!の一言に尽きます。

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2006年12月16日 (土)

教育基本法の改悪と防衛省への昇格

昨日、「教育基本法改定」と「防衛省昇格関連法」が参院本会議でも可決されたというニュースには暗澹とした気持ちにならざるをえません。61216 平和への崇高な理念を世界に向けていっそう発信し、拡げていくべき日本の立場が逆に後退しつつあります。平和を守りたい、侵略戦争には加担したくないという多くの国民の願いが一歩一歩崩されていきます。

教育基本法の改定については、すでに言われているように愛国心条項(第2条の5)の新設、教育行政への国家介入制限の曖昧化(第16条の1)等により「国家に都合の良い教育」への流れを加速化しようというもので、来るべき平和憲法改悪へ向けた布石です。教育現場からの叫び(いじめ、暴力、おちこぼれ、家庭崩壊、未履修問題、教員への差別、処分等々)には蓋をして、やらせタウンミーティングで世論を誘導してまで改定の実績を造り上げたいのはひとえに憲法改悪へ向けた政治プロセスの一環であるとしか思えません。純粋に教育のことを語るならば、愛国心や教師の資質以前に政治家や官僚の資質そのものを改めねばならないでしょう。企業による不祥事が続いている経済界においては、ようやくコンプライアンス(法令遵守のみにならず企業倫理の遵守)やCSR(企業の社会的責任)への取り組みが開始されようという中で、収賄、公私混同、天下り等が相変わらずまかり通る政治の世界の倫理観はあまりに遅れていると思わざるをえません。

防衛庁の「省」への昇格については、民主党までが賛成のうえ可決されました。自衛隊という武力組織がこれまでの抑制的な存在から内閣府の一部として一層重みを増す存在として位置付けられます。自衛隊の正規軍化へのいっそうの弾みがつくであろうことは言うまでもありません。軍靴の響きが次第に近づいてくるようです。

明日は地域(八千代市)の市長、市議会選挙があります。「八千代9条の会」では前もって全立候補予定者にアンケートを配布し、憲法9条への考え方を質問しています。結果は「八千代九条の会ニュースNo.21」として公開されており、投票への一助にしたいと思います。

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2006年12月10日 (日)

銀杏?それとも公孫樹?

イチョウ並木が黄色に染まる美しい一週間でした。 61210_1 イチョウ並木といえば東京の神宮外苑が最も有名ですが人出も相当のようです。また、本郷の東大構内を含め多くの大学キャンパスにもイチョウの木は良く似合います。右の写真は近所の生活道路脇のイチョウ並木ですが、晩秋を感じさせるには十分な輝きを放っています。

さて、イチョウを変換すると「銀杏」と「公孫樹」の両方が出てきます。イチョウの実をギンナン(銀杏)と呼び、それが木の名前にも使われるようになったとのことですが、一方、広辞苑によれば原産地の中国から取り寄せた際に「孫の代、老木になってから実る」ことから公孫樹と呼ばれたとのことです。正式には一体どちらを使えばいいのでしょうか?  

ヨーロッパではイチョウこそ見かけることはありませんが、短い秋の季節にはプラタナスをはじめ多くの落葉樹が街や森を美しく染め上げます。下の写真はドイツ、ヴィスバーデン市の歩道の落ち葉の絨毯です。僅かな期間ですが、街が黄色に輝きます。本館HPの「ドイツ・黄金の秋」のページに紅葉風景を幾つか載せてありますのでお暇な方は覗いてみて下さい。61211wiesbaden

こうして、日本の晩秋風景も終わりです。慌ただしい師走もあっという間に過ぎ去っていきそうです。どこかでゆっくりと立ち止まりたいのですが・・・。

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2006年12月 3日 (日)

ザルツブルヅ音楽祭『ドン・ジョヴァンニ』

今年(2006年)夏のザルツブルグ音楽祭での公演映像がM22Mozart 22)シリーズとして早くも店頭に並んでいます(輸入版)。全22作品のうち、最も話題となった「フィガロの結婚」だけは来年5月の発売とのことです。販売元の魂胆は不明ですが、昨年のようにBS放映が先行した場合は売り上げに大きく影響すると思うのですが・・・。61204jovanni_1

さて、その先行発売分21タイトルの中から『ドン・ジョヴァンニ』を視聴してみました。舞台演出は最近、しばしば名前を聞くM・クシェイですが、どうしてもこの「ジョヴァンニ」の演出は好きになれません。オペラ演出の現代化と舞台装置の簡略化は単に費用の問題だけではなく、場合によっては音楽への集中力と緊張感を高める上でも効果的であり一概に否定するものではありません。しかし、この「ジョヴァンニ」においては意味不明の場面の連続です。出演者たちの下着ショー化は今に始まったことではなく、「又か」と冷ややかな感想しか浮かびませんが、この女性たちは娼婦館を表しているとか、ジョヴァンニの征服歴を表しているとかの解釈論が付きまとうと、最早意味不明となります。最終の食事場面で何故雪を降らすのか?何故レポルロがジョヴァンニを刺すのか?等も理解出来ません。ちなみにこの演出が最初に登場したのは2002年のザルツブルグ音楽祭で、その後若干の変更を加えながら再演を重ねているとのことです。

最近ではグラインドボーン(1995)やエクサンプロヴァンス(2002)音楽祭の「ジョヴァンニ」でもやはり、装置コスト削減のシンプルな演出が行われていましたが拙HPでは酷評してしまいました。また、今回のザルツブルグでは回り舞台を採用していますが効果は疑問です。例えば、チューリッヒ(2001)では回り舞台を場面転換に巧く利用していましたが、今回のザルツブルグでは背景が変わる訳でもなく、回転時の騒音が邪魔なだけでした。

昨年のザルツブルグの「トラヴィアータ」もごくシンプルな舞台での現代演出でしたが、ヴェルディのオペラというよりは完全にネトレプコ・ショー化しており、それはそれで良いのではという感想でした。しかし、「ドン・ジョヴァンニ」は群像劇であり、特定のスターのワンマンショーとはなりえず、やはり納得性のあるストーリー演出も必要ではと考えます。

同じクシェイが2003年のザルツブルグで演出した『皇帝ティートの慈悲』がDVD化されています。大掛かりなセット上を出演者たちが走り回るという落ち着かない演出ですが、レシュマン、カサロヴァ、ガランチャ、ボニー、シャーデといった魅力的な歌手たちによってかなり楽しめる作品に仕上がっています。

今回の「ジョヴァンニ」も基本的に同じ路線であり、シェーファー、ハンプソン、ダルカンジェロといった巧者を揃えているのですが、何せ演出があまりにも意味不明で舞台に集中出来ません。折角のシェーファーのドナ・アンナも思い入れをもって聴くことが出来ず(厚化粧は似合わないし(^^;))、むしろ、CDならば余計なことを考えずに音楽を楽しめるのでは?と思ってしまいます。但し、ドナ・アンナのアリア「私を冷酷と言わないで」をもって、弛緩していた舞台とオケが一挙に引き締まり最終場面に雪崩れ込んだあたりは流石です。でも、やはりシェーファー・ファンとしてはケルビーノ待ちかな?

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