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2006年9月10日 (日)

皆川博子『冬の旅人』

皆川博子さんの作品を初めて読みました。数多くの作品を発表し、1985年の直木賞をはじめ多くの賞を獲得している、ミステリー小説分野での第一人者ですが、読書に関してはかなり怠惰な僕にとっては初めての出会いでした。60910zimar_2

さて、この作品、帝政ロシア末期を舞台に絵画習得を求めて渡露した若い日本人女性主人公、川江環(たまき)の数奇な運命を描いた長編小説です。舞台は主にペテルブルグ、モスクワ、西シベリアのトボルスク(小説ではトボリスク)で、登場人物には美術収集家のトレチャコフ、怪僧といわれたラスプーチン、皇帝ニコライ2世の一家といった歴史の表舞台の人々が現れます。一方で、貧乏学生たち、貧民窟の人々、シベリアの農民たちの姿も丁寧に採り上げられ、主人公と長い期間行動を共にするヴォロージャとソーニャは粗雑なところはあるものの、お人好しで人間味溢れる典型的なロシア人として深い愛情を込めて描かれています。環(タマーラ)は実に個性の強い主人公であり、ほとんど狂気ともいえる行動や思考をも含めて作者は女性特有の筆致で深い描写を行っています。1930年生まれの作者が2002年に初版を発表、すなわち70歳を超えて、このようにスケールが大きくエネルギッシュな作品を書かれたということは大きな驚きです。終盤のニコライ皇帝一家との顛末は、主人公の内面描写が不足し、ちょっと物語展開に流れ過ぎとの不満も感じましたが、久々に読み応えのある大河小説でした。

さて、舞台となった場所には驚かされました。まさか、自分が1年半にわたって長期滞在したトボルスクが主要舞台になろうとは!西シベリアの古都トボルスクはロシア帝国の東進の拠点として400年を越える歴史を有します。デカブリスト(19世紀末の反乱貴族子弟たち)をはじめ多くの流刑囚たちがこの地に送られてきました。最後の皇帝ニコライ2世がしばらく幽閉されていた場所でもあります。冬は酷寒の地(私が経験した最低気温はマイナス43度)、夏は沼地からの大量の藪蚊に悩まされますが、自然の恵みに抱かれた素晴らしさには格別のものがありました。

サンクトペテルブルグも独特の魅力をもった大都市です。エルミタージュやネフスキー大通り、マリインスキー劇場といった表や富の顔と、この作品やドストエフスキーの小説の舞台となった裏や貧困の世界が入り混じった混沌の名残を今でも感じることが出来ます。

皆川博子さんがどうしてロシアを舞台にした大作に取り組むことになったかの経緯は不明ですが、これを機に別の作品も読んでみたいと思っています。

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コメント

素敵な作品の紹介ありがとうございます。
私、ミステリーはとんと読んでない分野なので、こんな面白い設定の作品があることすら知りませんでした!
早速私も手に入れて読みたいと思います。
また面白いのがあったらぜひご紹介ください!

投稿: miss key | 2006年9月11日 (月) 00時19分

YASU47さん、はじめまして。こんばんは。
TB頂きどうも有り難うございました。
寄せて頂いて、素晴らしいサイトにうっとりしています。
小説や音楽についてや、お仕事の事、海外にも長くいらっしゃってご見聞も広く深くて。
ブックマークさせて頂きましたので、これからもどうぞ宜しくお願い致します。

「冬の旅人」は、私もロシアの大地への憧れや、歴史の興味から、一気に読み終えました。濃密な世界が、広大なロシアを舞台に描かれているのがすごい迫力だったです。
皆川博子さんの作品では、他に大戦下のドイツを描いた「死の泉」を読んでみたいと思っています。今、図書館の予約待ちです。(*^。^*)

投稿: ワルツ | 2006年9月11日 (月) 00時56分

>miss keyさん
そうなんです。まず、ロシア、革命、ペテルブルグ、トレチャコフ、シベリア、流刑といった舞台設定に強く興味が惹かれます。特にヴォロージャについてソーニャと共に・・・あ、ネタバレになるので止めよう(^^;)
旧FWORLD ロシア会議室の皆さ~ん、お奨めですよ~。

投稿: YASU47 | 2006年9月11日 (月) 21時00分

>ワルツさん
早速、TBとコメントをありがとうございます。ワルツさんのblogは音楽や書籍に関する話題が満載なのですね。「冬の旅人」については興味深い写真も載せてあり、とても参考になりました。ラスプーチンは怪僧と呼ばれロシア史においては悪役の典型ですが、写真で見ると穏やかな人物像なのですね。デーモンの絵にもしばらく見入ってしまいました。しばらくはトレチャコフ美術館に行けそうもないので、今度、画集でも探そうっと。
こちらでもワルツさんのblogをリンクに入れさせていただきました。

投稿: YASU47 | 2006年9月11日 (月) 21時12分

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» 『 冬の旅人 』 皆川博子 著 読了 [ワルツの「うたかた日記」]
燃えるような喜びをもらったそんな小説でした。「オルフェウスの窓」を読まれた方も、読まれてない方でも是非。シベリア流刑。トボリスク(アレクセイが幼年期母マリアと過ごした村)。レオニード・ユスーポフ侯のモデルとなったフェリックス・ユスポフ公爵。ラスプーチン、....... [続きを読む]

受信: 2006年9月11日 (月) 00時57分

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