« 訃報 エリザベート・シュワルツコップ | トップページ | パウル・クレー展 »

2006年8月13日 (日)

津本陽『草原の覇王 チンギス・ハーン』

作者と主題の組合せに惹かれて発売直後の新刊を購入しましたが失望です。60813chingis これほど共感を呼ぶ記述や新しい発見のない伝記作品も珍しいことです。おまけに文章に躍動や情感を感じることが出来ず、フィクションとしての魅力もありません。やたらと人名と部族名(氏族との区別がないので分かりにくい)が羅列され、伝承や文献からとおぼしき文章が並ぶとても不自然な文体です。

今年はチンギスがモンゴル高原、オノン河畔のクリルタイ(大部族会議)でハーンに即位した1206年から800年ということでモンゴルでは多くの記念の催しが行われているとのことです。この年以降、チンギスに率いられたモンゴル軍は中国(金、南宋)、西域(西夏、ホラズム)、西アジア、北インド等への蹂躙を開始します。モンゴルの英雄は、これらの土地ではいまだに破壊者、殺戮者の代名詞です。サマルカンドの旧市街の東に位置するアフロシアフの丘の下にはチンギスによって破壊し尽くされた当時のサマルカンド市街が眠っています。その後、チムールの時代になってサマルカンドは再び繁栄を取り戻しますが、モンゴル軍による破壊のあまりの凄まじさゆえに同じ場所での再建は不可能であったとのことです。

モンゴル高原の遊牧小集団が突如、ユーラシアの全域を支配するほどにまで膨張し、更に中国元朝と西域、南西アジアのモンゴル系帝国(ウルス)に分岐していく経過には歴史的興味を大いに引き立てられます。この時代を扱った分かりやすい入門書としては杉山正明著「モンゴル帝国の興亡」(講談社新書)があります。

フィクションでは、冒頭に挙げた新刊には大いに失望させられましたが、一方、井上靖の「蒼き狼」は名作でした。史実に基づきながら文学の領域にまで高めたこの作品には作者の西域への思い入れが深く感じられます。60813ookami 自分にとっても、何十年もの昔に「蒼き狼」「敦煌」「シルクロード紀行」といった諸作品に出会ったことが大きな糧として残っています。当時は、仕事を通じて中央アジアと深く関わることになろうとは夢にも思いませんでしたが、実際に出会った風景に懐かしさを感じえたのは井上靖の諸作品に負うところも大きかったようです。読書の秋にはまだ早いですが「蒼き狼」を再び読み返してみることにしましょう。

|

« 訃報 エリザベート・シュワルツコップ | トップページ | パウル・クレー展 »

コメント

(追記です)
公約(?)通り井上靖の「蒼き狼」を再読しました。モンゴルや中央アジアの風を存分に感じることが出来ます。史実をベースにしたフィクションの世界で、チンギスをはじめとする登場人物たちの生き生きとした姿が描かれます。一方で侵略と虐殺への厳しい視点も忘れてはいません。
映画「蒼き狼」の公開が間近に迫っています。単なる英雄物語にならなければよいのですが。

投稿: YASU47 | 2006年9月 3日 (日) 19時57分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/161527/11418975

この記事へのトラックバック一覧です: 津本陽『草原の覇王 チンギス・ハーン』:

« 訃報 エリザベート・シュワルツコップ | トップページ | パウル・クレー展 »