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2006年2月18日 (土)

無伴奏

仙台にあったバロック喫茶「無伴奏」について前に少しだけ触れました。

その後、当時(1969-1970年)の仙台を舞台に、この喫茶店が重要な役割を果たす小池真理子さんの小説「無伴奏」の存在を知りました。早速、購入して一気に読了。ストーリーはミステリアスでかなりヘビーな恋愛小説なのですが、小池さんの筆致は軽妙かつスピード感に溢れた見事な青春小説となっています。僕にとっては、今は失われてしまった当時の仙台の空気を久々に味わうことが出来、読みながら感慨にふけることもしばしばでした。ヒロインが参加する勾当台公園での反戦集会は日情風景でした。東北大学の構内は立て看板で溢れており、ハンドマイクからの呼びかけや演説がそこいら中から聞こえていました。mubanso

騒然とした街中の片隅で「無伴奏」の内部だけは静寂の一角でした。大きなスピーカーからのバロックの響きが狭い部屋の中に溢れているのですが、喧騒やら嬌声からは無縁の空間で、そこにいる客たちはそれぞれが自分たちの世界に没頭していました。小説にもたびたび登場するパッヘルベルの「カノン」を僕が知ったのもこの場所でした。その時に主人公たちと居合わせていたのかもしれません。店の名の由来でもあるバッハの無伴奏ソナタやパルティータ、それにカンタータもよくかかっていました。モーツァルトはピアノソナタがたまにリクエストされる程度でした。

店は1980年代に消えたとのことです。コーヒー一杯で何時間も粘るような学生たち相手では商売も長続きしなかったのでしょう。

さて、今宵の音楽はバッハの「マニフィカート BMW243」とすることにしました。アーノンクール指揮、ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスによる演奏、ソプラノはクリスチーネ・シェーファーです。

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コメント

YASU47さん、こんにちは。
コメント&TBありがとうございました。

私が『無伴奏』を読んだのは、70年代の学生を描いた小説に興味があったからなのですが、私には想像するしかないこの時代の独特な空気をYASU47さんは実際に体験していらっしゃるのですね。
それに実際の無伴奏に通われたなんて羨ましいです!きっとYASU47さんにとって『無伴奏』は特別な小説なのでしょうね。

投稿: みらくる | 2006年3月 8日 (水) 09時05分

みらくるさん、
わざわざお越しくださりありがとうございます。
そうですね、当時は日本全体が繁栄への道をまっしぐらに歩みながらも、一方で政治的緊張感に満ちた独特の空気がみなぎっていました。「全共闘」世代の一員としてこの時代に参加できたことは貴重な体験として今にも生かされています。「無伴奏」はそんな時代のひとつのオアシスでした。

投稿: YASU47 | 2006年3月 8日 (水) 21時20分

YASU47さん、はじめまして。
コメントとTBを頂戴しましたMolyaと申します。
学生時代を仙台で過ごされたのですね。ひょっとしたら例のバロック喫茶「無伴奏」で同じ音楽を聴いていたのかもしれないと不思議な気持ちがいたします。
「無伴奏」や個性的な喫茶店などがすっかり姿を消した中央通アーケードには、中央資本の似通ったコーヒーショップばかりが並び、すっかり様変わりして戸惑うほどです。

今月、知り合いが「無伴奏」のようなお店を作りたいと 「kleiber」 という classicmusic cafe をオープンいたしました。場所は国分町3丁目クライスビルの地下です。店主とYASU47さんとは同じくらいの世代でしょうか・・・
仙台にいらしたらお寄りになってみてはいかがでしょう?

長々と、宣伝までしてしまいました・・・初めてのコメントに免じてお許し下さい。

投稿: Molya | 2006年3月 8日 (水) 23時26分

Molyaさん、はじめまして。
そうですね。35年以上の時空を隔てて、あの時の空気が、鳴っていた音楽(やはりパッフェルベルのカノンかな?)と共に甦るなんてネット時代の不思議ですね。僕が「無伴奏」に通っていたのは主に大学3、4年生だった1968-69年の頃でした。
約一年前に仙台を訪れた時に、駅前の変わりようと一番丁の店の入れ替わりに驚かされました。すでに高山、アイエといった書店、喫茶店のエスポワールや雑居ビルの民謡荘などが消えていました。
次回には「kleiber」をぜひ訪れてみたいです。店主さんにも話かけなくちゃ・・・。
これからも仙台の空気を味わいにMolyaさんのblogにはちょくちょくお邪魔させていただきますので宜しくお願い致します。

投稿: YASU47 | 2006年3月 8日 (水) 23時58分

***すごく遅いコメントで済みません。***

~仙台のバロック音楽喫茶「無伴奏」の思い出~
大学の後輩が「偶然こんな記事を見つけました。」と、読売新聞web宮城版の『今はなき「無伴奏」の思い出』(2009年1月12日)の記事を送ってくれました。彼も「無伴奏」の常連でした。http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/miyagi/feature/tohoku1230775510098_02/news/20090112-OYT8T00260.htm

久しぶりに「無伴奏」を思い出し、店長の木村さんの若き日の面影の残る写真を拝見し、懐かしくなり、「仙台 無伴奏」で検索してこのページにたどり着きました。

「無伴奏」で同じ時を過した方々のコメントに懐かしさが募りました。
高山、アイエといった書店、喫茶店のエスポワールなど、「ああ、あったあった」の思いです。「kleiber」の店長は「無伴奏」の常連だったようで、仙台を訪れる機会があれば、是非立ち寄ってみたいと思います。

「無伴奏」では曲目リクエストを受け付けていましたが、例えば「モーツアルトのクラリネット協奏曲」がかかると、「ああまた、あのお客が来ている。」と判ったものでした。
「kleiber」の店長はどんな曲をリクエストしていたのか、興味津々です。

「無伴奏」は東北大の学生時代に入り浸ったお店です。
店長の木村さんと奥さんは、二人とも国分町にあったJazz喫茶「AD」に勤めており、常連の私はその頃から親しくしていました。

 因みに「AD」はテナー・サックスの渡辺貞夫が仙台公演に来ると演奏終了後、この店を訪れ、気が乗ればJam Sessionをやってくれました。「ナベサダ」の生演奏を手が届くところで聴くことができたのは感激でした。そんな老舗の洒落たJazz喫茶に二人は勤めていたのです。

二人が結婚・独立し「無伴奏」を開店した時から卒業まで、川内での混声合唱の練習が無い日はいつもお店に出勤し、無料奉仕でウエイターをしていました。

その代わり週末の閉店後は、木村さんが「今夜は、バッハのマタイ受難曲全曲で行こう。」、「今日はビートルズを聞こう。」、などと夜中まで音楽を楽しんだ思い出があります。
木村さんのレコード収集ポリシーはバロックから新しくてもモーツアルトまでという徹底振りでしたが、密かにビートルズをレコード棚に在庫していたのには笑ってしまいました。

ご存知のとうりマタイ受難曲は全曲通すと3時間を超えますので、終わるのは夜中の1時を回ります。木町のアパートまではいつも徒歩で帰りました。

木村さんと相談して、営業時間に「マタイ全曲を聴く会」を開催した事もありました。今ですから時効成立として、当時希少だった青葉山工学部のXeroxを使い、マタイのレコードの解説と歌詞の訳をこっそりコピーし、参加したお客様に配った事を思い出しました。

私自身は混声合唱団に在籍していたこともあり、カンタータを中心とした合唱曲をリクエストしていました。カンタータ4番、106番、147番などは特に好きでした。
混声合唱の仲間内では、お店のことを生意気にもラテン語で無伴奏を意味する「ア・カぺラ」と呼んでいました。

仙台を離れたのが71年ですから、お客様の中に高校生の小池真理子さんがいて、注文をとったりコーヒーを届けたりなど接近遭遇していたかもしれません。

小説「無伴奏」の存在は後輩のweb紹介まで知りませんでしたので、早速amazonで注文してしまいました。

投稿: 伽藍語論 | 2010年4月15日 (木) 20時50分

伽藍語論さん、
丁寧なコメントをいただきありがとうございます。新聞記事は前に紹介して下さった方がいて読んでいました。昨年に仙台で開催された店主、小池さんを招待してのトークライブコンサートの記事ですよね。

伽藍語論さんは「無伴奏」と深い関わりを持たれていたのですね。ひょっとしたら私のところにもコーヒーを運んでいただいたのかもしれません。

「無伴奏」の後継ともいえる「kleiber」は残念ながらつい先日閉店したとのことです。やはり、今の時代にあのような店の維持は難しいのでしょう。

伽藍語論さんは71年に卒業ですか?私は化学工学を70年に卒業しています。以来、仙台を訪れる機会はめっきりと減りましたが、今でも思い入れの深い街No.1です。

投稿: YASU47 | 2010年4月16日 (金) 15時27分

YASU47さん、
2006年のコメントに対し目配り良く返信していただき有難うございます。

>ひょっとしたら私のところにもコーヒーを運んでいただいたのかもしれません。

可能性ありますね。無伴奏のウエイターはアルバイト、ボランテイア含め何人かいましたが、小説「無伴奏」に出てくるのは熊のような顎鬚を生やした男と在りますが、実際は細面のヤギ髭をはやした、ちょっと名前が出てきません男と太めで顔が大きく頭ぼさぼさでいつも菜っ葉服を着ている私の後輩中條某であだ名は「熊」。小池さんの、「熊の様で顎鬚」は二人の特徴の合作のように思えます。私は今と違い、痩せたノッポで直毛の長髪に黒ブチめがねでした。

>「kleiber」は残念ながらつい先日閉店したとのことです。やはり、今の時代にあのような店の維持は難しいのでしょう。

全くその通りですね。あの時代だからかろうじて成り立ったのでしょうね。当時はある意味でバッハが持て囃されていたこともあります。「スイングル・シンガーズ」、「MJQ」のジャズ系もバッハをモチイフにした曲作りをしていました。カール・リヒター率いるミュンヘン・バッハ合唱団の日本公演もありました。

>伽藍語論さんは71年に卒業ですか?私は化学工学を70年に卒業しています。

私は入学は(昭和)41Tですから、YASU47さんと同期です。教養部でドッペって71年卒となりました。専攻は金属材料工学です、

>仙台を訪れる機会はめっきりと減りましたが、今でも思い入れの深い街No.1です。

仙台は我が青春の墓場であり、心の故郷です。
昨年の夏、東北大学混声合唱団の創立50周年記念コンサートがあり、先輩のステージを用意してくれたので、久々の仙台を訪れ昔の仲間と歌ってきました。
そのときの手記があります。ご興味があれば私のメール・アドレスに別途ご連絡ください。

投稿: 伽藍語論 | 2010年4月19日 (月) 21時46分

伽藍語論さん,
「無伴奏」はボランティアや常連の学生たち(貧乏だけど)で成り立っていたのですね。

>私は入学は(昭和)41Tですから、YASU47さんと同期です。
そうだったのですか。同期からは多くの友人たちが金属に行きました。神奈川のM君、J君、東京のH君、信州のY君・・・今でも付き合いが続いています。

伽藍語論さんは今でも混声合唱団との深い繋がりがあるのですね。あの時代を過ごした者たちにとって、仙台時代は深い思い入れとして残っているのですね。

投稿: YASU47 | 2010年4月21日 (水) 23時40分

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