2012年5月 5日 (土)

原発ゼロの日!

120505up 本日(55日)の深夜をもって泊3号機が停止し、国内における「稼働原発ゼロ」が実現しました。正直、半年前には思いもよらなかった出来事です。約半年前、「ストレステストに関する意見聴取会」を巡る動きに深く関わることになった際には、「停止中原発の再稼働を少しでも遅らせることが出来れば・・・」との思いでした。ところが、市民の力は凄いものです。加えて敵失・・・そう、この間の政府・保安院の対応の酷さも目に余るものでした。福島事故から一年を過ぎても、新規制庁は影も形もありません。新たな設計や立地の審査基準も出来上がらず、過酷事故対策も立案されず、緊急防護準備区域の定義も曖昧なままです。そもそもフクシマ事故原因は究明されておらず、収束さえもしていません。今も放射能は排出を続けていますし、余震があるたびに4号機燃料プールの崩壊が頭をよぎります。原発そのものが使ってはならない技術であると同時に、今の政府と東電等の事業者にそれを運転する資格も所有する資格もないのです。

さて、原発ゼロは実現しましたが、闘いはむしろこれからです。政府と事業者による電気不足と料金値上げへの恫喝に、「原発のない夏の実現」で応えねばなりません。私たちの側にも大きな責任が生じているのです。事業者へのいっそうの追及と、単なる節電に留まらない「痛み」の共有も含めた「闘い」が必要です。敗北は再稼働議論の巻き返しに直結します。

更に、原子炉を停止したとしても、まだ膨大な量の使用済み核燃料がプールに冷却保管されています。これらが取り出され、空冷式のキャスクに保管されるまでは安心出来ません。それらの長期貯蔵と安全な廃棄への具体的な道筋は全く見えていません(何という無責任な技術!)。

更に更に、合計400基を超える世界中の原発には一体どのように対処したら良いのでしょうか?気の遠くなるような作業ですが、核廃絶運動と同様に一歩一歩進めるしかないでしょう。まずは、原発ゼロの「日」の継続を、そして原発ゼロの「夏」を実現しましょう。

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2012年4月29日 (日)

J1第8節、G大阪を圧倒!強さは本物か?

1204288 今日のカシマスタジアムは、快晴、気温15℃、湿度71%、弱風と、絶好の観戦日和でした。結果も上出来です。再建途上中とはいえ、あのガンバ大阪を相手に5-0の快勝。ホーム側はほとんどお祭り状態でした。

前半は押し込まれた時間帯もありましたが、42分に好調のMF遠藤康が先制すると、あとは一方的な展開になりました。後半の8分にはFW興梠の見事なターンによる追加点、26分にはFW大迫に待望の初ゴール。選手たちが彼を抱きかかえて祝福していました。皆も嬉しかったのですね。40分過ぎ、通常ならカシマるところですが、44分にMF本山、48分に大迫の2点目と、最後まで攻撃の手を緩めませんでした。後半、ガンバは前がかりになったこともあり、守備陣はイエローを乱発しながら崩壊していきました。

勝因は、ガンバの自滅もありますが、何といっても球際の強さと攻守の切り替えの速さでしょう。キャプテン小笠原の気迫と闘志溢れるプレーがチーム全体に乗り移ったようでした。全員が躊躇なくボールを奪いに相手にぶつかっていきます。まるで激しさこそが勝利に結びつくことを選手全員が共通認識したようです。これもジョルジーニョ効果でしょうか?

布陣を、前節のセレッソ戦後半で成功した攻撃的なダイヤモンド型にしたことに一抹の不安を抱きましたが全く杞憂に終わりました。アンカーのMF柴崎はプレッシャーを簡単にかわしながらボールをさばきます。19才のテク二シャンは昨年に比べていっそう成長していました。前線の興梠、大迫、ドゥトラは絶好調で、相手守備陣を翻弄し、同時に守備にも献身的に貢献をしていました。ましてや、あのFWジュニーニョが終盤に登場するのですから今後の相手チームは守備的にならざるをえないでしょう。前節と今日の試合は相手に恐怖心を抱かせ、アントラーズが精神的にも優位に立てる良いデモンストレーションになったと思います。

今日は交代策も見事でした。後半21分に連休中の過密日程を考慮したのでしょう、小笠原を下げMF青木をアンカーの位置に、そして、柴崎を右SHに移しました。残念ながらボールに絡む機会は少なかったのですが、前のスペースを突く構えを何度も見せていました。32分にはドゥトラから本山に交代。その本山が追加点です。ベテランの活躍は嬉しいものです。

どうやら、アントラーズは序盤の監督ならびに戦術移行期を乗り越えたようです。試合毎の先発布陣も楽しみです。今日は怪我から癒えたDF中田浩二もベンチに入っていました。DF山村が必死に相手にぶつかりながら素晴らしいパフォーマンスを見せていたのも、次節には熾烈なポジション争いが待っているからでしょう。近日中には昨年の夏の怪我以来リハビリを続けてきたMF本田拓也も戻ってきます。日本代表のMF増田でさえベンチ外という豊富なタレント群、厳しいポジション争いと相俟って、積極的に若手を起用するジョルジーニョ監督の方針がもたらす相乗効果がこれからますますチームを強くしていくことでしょう。連休中の過密日程やナビスコカップとの連戦は大いに望むところです。

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2012年4月25日 (水)

『脱原発八千代ネットワーク』の発足

120425anp 遅れ馳せながら、地元八千代市で、草の根の脱原発市民運動が始まりました。421日に発足会を開催し、63名の市民が集まりました。参加者の年齢は高めですが、市内の各地域に分散し、これまでの地域運動や平和運動に留まらない新しい顔ぶれが多くを占めました。主な活動は、(1)情報交換活動、(2)学習活動、(3)イベント活動とし、MLYahoo GroupMailing List)を十分に活用する予定です。地元活動を中心とするために、地域の放射能対策(市内にホットスポットあり)や再生可能エネルギーの発展、省エネ対策などへの関心が高いようですが、言うまでもなく、使用済み核燃料廃棄物問題や原発そのものの危険性にも切り込んでいく予定です。

1000万人署名への引き続きの取り組み(現在、約620万人、5月末まで延長されています)や、55日の「原発ゼロの日集会」(芝公園)、778日の「幕張非核コンサート」、そして、716日の10万人集会(代々木公園)などの呼びかけを行いました。全国の脱・反原発運動の一翼を担うことが出来ればと願っています。

さて、大飯3,4号機の再稼働をめぐる動きは、多くの市民や地元自治体の反対表明により、この間滞っていますが予断は許しません。政府と業界は、真夏の電力不足と料金への影響を恫喝材料に、なりふり構わない行動に出てくるものと思われます。

私たちプラント技術者の仲間は、昨年の8月以降、一貫してストレステスト問題に取り組み、保安院の主催する意見聴取会において井野博満委員や後藤政志委員らの活動をバックアップしてきましたが、そこで指摘されてきた多くの問題点や疑問点には蓋をされたまま、結局、再稼働という政治日程が優先されました。しかしながら、その過程でストレステストなるものが如何に技術的に胡散臭いものであり、とてもプラントの安全性を担保するものではないということが「常識」として、多くの市民によって共有化されてきました。

そして今、多くの技術的な諸問題が積み残され、先送りされたまま、再稼働時期だけが焦点化されています。しかし、そもそもフクシマの事故検証さえ終わっていません。炉心溶融に至った真の原因、損傷の波及経過、実際に採られた手順の効果、等々が不明のままで、「フクシマの知見を活かして」などと言える訳はないのです。また、大飯発電所近辺の活断層の連動評価も済んでいません(今日は、敦賀発電所直下の断層の存在が明らかになり、立地不適格との認定の可能性大というニュースが飛び込んできました)。また、二次評価を実施していないために、過酷事故の際の「閉じ込め機能」の評価や放射性物質放出評価なども全く行われていません。これでは、地元も判断しようがありません。

結局、原子力安全・保安院も原子力安全委員会も「技術的には安全である」と明言しないまま、政治判断だけが優先されようとしているのです。政府が発表した再稼働のための三条件、関電の対策案(何と実施に4年もかかる)、発足が遅れている規制庁(どうせ横滑り人事だが)、とても運転や運営の資格があるとは思えない原子力ムラの体質、等々、「再稼働を認めてはならない理由」は山ほどあります。

井野博満氏は言います。

「原発を推進し、作ってきた人たちの利権構造はそのままに、今、再稼働へと突き進んでいます。そうした社会的な構造も合わせ、原発行政について根本的に見直すべき時がきていると考えます」。

私たちの反原発の運動は民主主義を求める闘いでもあるのです。

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2012年3月25日 (日)

東京湾に浮かぶ原子炉 – 空母「ジョージ・ワシントン」

120324jw_2皆さんは、全国に散らばる54基の原子力発電所、東海村と六ケ所村の再処理工場、15基の小型研究炉といった核施設に加えて、東京湾に今、3基の原子炉が存在していることをご存じでしょうか?

それは、横須賀軍港に配備されている米原子力空母「ジョージ・ワシントン」の60KW x 2基と、丁度停泊中の米原潜(出力不明:約30KWか?)1隻です。

今日、小雨模様のなか地域のグループと、米海軍と海上自衛隊が共用する横須賀軍港の見学に行ってきました。目的は、東京湾に浮かぶ核施設を直接見るためです。最初は高台の「按針台公園」から港全景を見下ろします。まず目に付くのは、眼下の埠頭に停泊中の海上自衛隊のイージス艦です。その向こうに今度は複数の米海軍のイージス艦、諸艦船、2隻の海上自衛隊潜水艦、補修施設群、そして巨大なジョージ・ワシントンの姿の一部見ることが出来ます。これだけでも、日米の統合運営の実態がよく見てとれます(昨年訪れた横田基地の場合と同じです)。

続いて、港に降り、港内を45分間で周遊する「横須賀軍港巡りツアー」に乗り込みます。これは、一般観光客用のクルーズであり、私たちも船内での「空母帰れ」のシュプレヒコールはさすがに控えます(^^;)。船内アナウンスによる各艦船の説明は分かり易く、かなり勉強になった次第です。

さて、間近に見る「ジョージ・ワシントン」はさすがに巨大です。全長333m、幅41m、高さ60mとのことで、有翼機56機とヘリ15機を搭載し、併せて約6,000名の艦員と航空要員が乗り込むとのことです。原子炉(PWR60KW2基)は横須賀に帰港すると停止し、燃料冷却用の電源は構内の発電所から外部補給されます。その発電所は岸壁レベルに建てられており、津波には無防備です。また、横須賀地域を走る三浦半島北部活断層の存在は、最近、マスコミでもたびたび採り上げられている通りで、M7クラスの直下型地震の起こる確率は30年以内6 - 11%と言われています。フクシマのような炉心事故の場合、20km圏内には横浜市、30km圏内となると川崎、平塚、房総の木更津といった巨大人口地域を含みます。都心までもたったの45kmです。首都圏は壊滅となります。

停泊中の炉を含むメンテナンスは米軍側によって実施され(廃棄物は定期的に米国に送られているとのことです)、日本側が立ち入ることは出来ません。首都圏の安全に大きく関わる核施設の管理が全く他者に委ねられているのです。

今、大飯の再稼働を巡って議論されている、ストレステスト・・・横須賀港に停泊中のジョージ・ワシントンにも真っ先に適用すべきです。いやなら、即、出て行ってもらいましょう。

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2012年3月14日 (水)

『神々の黄昏』@METライブビューイング

120305 遅れ馳せながら、先日のMETライブビューイング、ワーグナーの「神々の黄昏」の報告です。リングサイクルも進むにつれて、物語の舞台は神話世界から人間世界へと降りてきますが、この最終夜では表題に似合わず、もはや神々は登場せずに、権力の行方が複雑に絡み合う、人間たちの愛憎劇となっています。これまでの三作と同様、休息を含めた5時間半を豪華な舞台と壮麗な音楽に、たっぷりと浸ってきました。

R・ルパージュによる舞台は、4作を通じて、巨大な24枚の板をコンピュータ制御により縦横に駆使するものです。第1作「ラインの黄金」での水中を泳ぎまわるシーンや、第2作「ワルキューレ」の騎行などのスペクタクルな場面では度胆を抜かれましたが、今回のような人間劇では、主に映像投射によるスクリーン背景として使われていました。ラインの岩場シーンでは、水の流れ落ちるさまを美しく投影し、そこを乙女たちが繰り返し滑り降りていました。豪華セットならではの斬新な演出です。

ジークフリートを演じたジェイ・ハンター・モリス(T)は若々しいが、精神的には未熟な主人公役にぴったりでした。前作の「ジークフリート」の時以上にこの役に馴染んでいたようです。大物のワーグナー歌手には決して出せない初々しさに溢れたヘルデンテノールが魅力です。

デボラ・ヴォイト(S)の、ブリュンヒルデは、ワルキューレの一員であった頃からアメリカンテイストな人間味が十二分に出ていました。体型は決してキュートとは言えませんが、表情豊かな表現力は歌唱共々、お見事です。

ワルキューレの一人、ワルトラウテ役に何と、名ワーグナー歌手のヴァルトラウト・マイヤー(MS)が出演していました。つい先日、NHK BSによるバレンボイムとミラノスカラ座の「ワルキューレ」の放映で、彼女のジークリンデに魅了されたばかりでした。今回、出番は僅かとはいえ、ベテランの味わいを感じさせてくれました。流石にMET。新人からベテランまで見事な配役です。

新人といえば、グートルーネ役のウェンディ・ブリン・ハーマー(S)は、「ラインの黄金」でフレイアを演じていました。なかなかの美形で、この重厚な超大作に僅かながらも可憐な味わいを与えてくれていました。

そして、レヴァインの代役としてタクトを振ったファビオ・ルイージは、決して力任せになることなく、美しく、しかも雄弁な音楽を聴かせてくれました。おどろおどろしい展開に似合わない、とても心地良いワーグナーの音楽でした。

こうして、4回にわたったリングサイクルも終わりました。また夏のオフシーズン中にリバイバル上映があるのでしょうか?是非、もう一回通して見てみたいと思っています。

尚、三作品の過去ログは以下です。

ラインの黄金」、「ワルキューレ」、「ジーグフリート

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2012年3月11日 (日)

3月11日・・・フクシマ一周年

Dscf0205 今日は全国各地で東日本大震災の一周年記念式典が開催されていました。私は日比谷公園で開催された「311再稼働反対!全国アクション、~祈りと一歩~」の集会に参加してきました。デモの後、国会議事堂を取り囲む「人間の鎖」イベントもあったのですが、その前に帰路につきました。最後まで参加された方々、お疲れさまでした。

今日現在、全国で稼働中の原発は泊3号機(北海道電力)と柏崎刈羽6号機(東京電力)の2基だけとなりました。原発の将来をめぐっての行方が定まらない中5月の初めには実質的な『原発ゼロ社会』が実現しようとしています。そのことに危機感を抱いた政府当局と、産業界を含む原子力ムラは、大飯3&4号機と伊方3号機の再稼働に向けての必至の動きを続けています。その拠り所となるのが、電力不足キャンペーンと、すでに実施された一次ストレステストです。ところが、それも多くの専門家や世論によって、所詮は机上のシミュレーションであり、前提には多くの楽天的仮定や不確かさ、曖昧さが含まれていることが指摘されています。審査を実施した「原子力安全・保安院」や審査中の「原子力安全委員会」さえも、「テスト結果はプラントの絶対的な安全性を保障するものではなく、再稼働可否については政府の判断である」と逃げ出す始末です。

原発立地自治体の各首長も当然のことながら、自らの判断を放棄しています。かくして、誰もが責任を放棄をした再稼働に向けての「政治判断」は野田首相、藤村官房長官、野田経産相、細野原発相の4名に預けられることになりました。

保安院も原子力委員会も技術的な立場からの責任をとることの出来ない重要な再稼働問題を、果たして、少数閣僚による政治判断に転嫁しても良いものでしょうか?

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2012年3月10日 (土)

J1とブログの開幕

本日J1が開幕・・・、ということで、このブログも長いオフシーズンを終えて、本日開幕。といっても、今後の更新頻度は成り行き任せです。

120310 その開幕戦、我らのアントラーズは残念ながらアウェイでベガルタ仙台に1-0で敗北。仙台の選手たちの瞬発力とボールへの寄せのスピードが鹿島の選手たちを大きく上回っていました。点差以上の完敗です。ダイヤモンド型の4-4-2布陣やベテランと若手の融合を含めて、ジョルジーニョ監督による改革はまだ始まったばかりのようです。一喜一憂することなく、長い目で見守ることにしましょう。良かったのは川崎から移籍したジュニーニョの軽快な動きでした。小笠原も健在です。両SB(新井場とアレックス)も度々の駆け上がりを見せていました。今後、他の攻撃陣との連携の深まりが楽しみです。

土曜日はずっと予定が詰まっているので、スタジアム観戦はしばらくお預けです。季節が良くなったら、また、あの臨場感の只中に浸りたいものです。

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2011年12月30日 (金)

2011年の備忘録

2011年が暮れようとしています。今年は何といっても311日の大震災と、それに続く福島原発事故に大きな衝撃を受けました。とりわけ原発問題は、プラント技術者のはしくれとして、また70年代から多くの警鐘に触発されていたにも拘わらず、事故を現実化させてしまったことに慚愧の念に堪えません。同時に、私たちが都会での快適な電化生活を享受する一方で、いかに地域に危険と災禍を押し付けてきたのかを強く認識させられました。かくなる上は、核廃棄物という将来世代への負の遺産を少しでも減らすためにも、また、利権に群がる「原子力ムラ」と呼ばれる悪しき特権集団を民主主義の名において駆逐するためにも、一日も早い原発ゼロ社会の実現を願うに至りました。来年早々、定期点検で停止中の原発の再稼働を巡って大きなせめぎ合いが開始されようとしています。「原子力資料情報室」や「柏崎刈羽原発の閉鎖を訴える科学者・技術者の会」、新NPOAPAST」、「プラント技術者の会」などの仲間たちと共に、微力ながら「原発のない春」、「原発のない夏」の実現への一翼を担いたいと思っています。

さて、下記は恒例の、自分のための2011年「備忘録」です。本はやはり原発モノが中心となりました。あとは気楽な歴史と推理作品です。気晴らしはもっぱら音楽とスタジアムでのサッカー観戦ですが、後者では逆にフラストレーションが溜まる試合が続きました(その分、なでしこの活躍が救ってくれましたが)。8番と30番は失いましたが(神戸に移籍)、来シーズンはDF山村の加入、MF本田(拓)の復活、MF柴崎の成長、FW興梠と大迫の奮起、等々楽しみも沢山あります。

さて来年・、あ、もう少し仕事もせねば・・・。

2011年に読んだ本>

「原発のウソ」 小出裕章 扶桑社新書

「隠される原子力 - 核の真実」 小出裕章 創史社

「原発を終わらせる」 石橋克彦編 岩波新書

「内部被曝の脅威」 肥田舜太郎/鎌仲ひとみ ちくま新書

「原発をつくった私が原発に反対する理由」 菊池洋一 角川書店

「恐怖の放射性廃棄物」 広瀬隆 集英社文庫

「福島原発事故 どうする日本の原発政策」 安斎育郎 かもがわ出版

「原発のどこが危険か」 桜井淳 朝日新聞出版

「福島の原発事故をめぐって」 山本義隆 みすず書房

「まるで原発などないかのように」 原発老朽化問題研究会 現代書館

「原子力発電の危険性」 技術と人間(1976

「原子炉崩壊の日」 バージル・ジャクソン 朝日新聞社

「エージェント6」上下巻 トム・ロブ・スミス 新潮文庫

「楊令伝」1-6巻 北方謙三 集英社文庫

「三国志」7-13巻 北方謙三 集英社文庫

「草莽枯れ行く」上下巻 北方謙三 集英社文庫

「黒龍の棺」上下巻 北方健三 幻冬舎

「杖下に死す」 北方健三 文春文庫

「独り群せず」 北方健三 文春文庫

「一刀斎夢録」 浅田次郎 文芸春秋社

「メトロに乗って」 浅田次郎 講談社文庫

「壬生義士伝」上下巻 浅田次郎 文春文庫

「輪違屋糸里」上下巻 浅田次郎 文春文庫

「維新の暗号」 加治将一 祥伝社文庫

「空白の桶狭間」 加藤廣 新潮文庫

「ひまわりの祝祭」 藤原伊織 講談社文庫

「新撰組・幕末の青嵐」 木内昇 集英社文庫

「原子炉の蟹」 長井彬 講談社文庫

「笑う警官」 佐々木譲 ハルキ文庫

はじめての指輪」 山本太一 音楽の友社

2011年の観劇・コンサート>

モスクワ交響楽団(D・ユロフスキー指揮) ロシアシンフォニーホール(Moscow

ロシアナショナル管弦楽団(U・スリバコフ指揮)チャイコフスキーホール(Moscow

チェコナショナル交響楽団 コロンニュイホール(Moscow

「サロメ」新国立劇場

六月大歌舞伎(新橋演舞場

2011年の美術館・博物館>

ホキ美術館(千葉市土気、写実絵画専門の新美術館)

トレチャコフ美術館(Moscow

プーシキン美術館(Moscow

成川美術館(元箱根)

2011年のスポーツ観戦>

J13節 鹿島アントラーズ vs. アルビレックス新潟戦 1-2

J115節 鹿島アントラーズ vs. ヴァンフォーレ甲府戦 (0-1)

J120節 鹿島アントラーズ vs. モンテディオ山形戦 (3-1)

J127節 鹿島アントラーズ vs. 浦和レッズ戦 (0-0)

2011年の映画館>

METライブビューイング「オリー伯爵」

METライブビューイング「カプリッチョ」

METライブビューイング「ワルキューレ」

METライブビューイング「ドン・ジョヴァンニ」

METライブビューイング「ジーグフリート」

METライブビューイング「サティアグラハ」

「ソーシャル・ネットワーク」

Super 8

「素敵な金縛り」

「ミツバチの羽音と地球の回転」

では皆さま、良いお年をお迎え下さい。

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2011年12月18日 (日)

『サティアグラハ』@METライブビューイング

111212 米国の作曲家、フィリップ・グラスによる現代オペラ、「サティアグラハ」は何とも不思議な作品でした。「サティアグラハ」というのはサンスクリット語で「非暴力、不服従」を意味するとのことです。20世紀初頭の南アフリカを舞台に、インド移民たちへの差別に対する抵抗運動を繰り広げるガンジーの前半生を描いています。歌詞は「ヴァガヴァット・ギーター」というサンスクリット語で書かれたヒンドゥーの聖典から採られたとのことですが、舞台上の出来事とは一致していないそうです(字幕もなく、意味も分からないので、「だそうです」を鵜吞みにするしかありません)。これは歌詞を音として体感しなさいというのが作曲者の意図とのことでした。

ミニマル・ミュージックと言うそうですが、いつまでも単純に反復される断片的なリズム、メロディーと歌詞(音感)に最初は戸惑いましたが、次第に心地よさに包まれていくという不思議な感覚を味わいます。最初はまるでバッハみたいだとも感じたのですが、サンスクリットの音感と合わさると、むしろ経に近いことが分かります。心地よさと安心感の源はそこだったのですね。

一方、舞台演出、特に美術は斬新かつ刺激的でした。ガンジーは新聞発行を抵抗運動の柱に据えたということで、新聞紙を使った巨大な操り人形や、様々の演出が現れます。それらの形、色彩、動きに目を奪われます。特に第二幕は秀逸でした。

主役のガンジーを演じたリチャード・クロフトは、聖典の表現に相応しく、抑制を効かせながらも澄み切ったテノールを聞かせてくれました。助演者たちも、それぞれの役割をきちんと果たしています。舞台上では、計算された集団振り付けの中に個々の動きは埋没され、歌手たちに特に演技は求められません。ただ、Schlesenという同志を演じたラシェル・ダーキンというソプラノの存在感が際立っていました。全体に平坦な音楽劇の中で、意図的なアクセントの付加が計算されていたのでしょうか。尚、舞台は3幕に分かれ、それぞれの場面における共感の対象として、トルストイ、タゴール、キング牧師が常に舞台の背景に登場します。多少のこじつけ感があります。

米国生まれの現代オペラと言いながらも、古代サンスクリットの空気やバロック要素を感じさせる不思議な音楽体験でした。

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2011年12月16日 (金)

ストレステスト評価による危険な再稼働への道

111215st 全国54基の原発のうち、今日現在で稼働しているのは8基となりました。年内には更に定期点検対象が増え、6基となります。いよいよ実質的な脱原発社会が近づいています。一方で、ストレステストを巡る動きが慌ただしくなっています。事業者からの評価報告書は1028日の関西電力大飯3号機を皮切りに、今日までに7冊の報告書が提出されています(全て三菱重工製のPWR型)。

そもそも、ストレステストはフクシマの事故を受けて、EU理事会が傘下の14か国、143基の原発を対象として実施要請をしたことに始まります。それが日本では、一次評価を停止中原発の再稼働の条件としたことで矛盾や混乱が生じています。ストレストテストによる評価は、プラントの弱点の把握や改善のためのツールのひとつとして利用することは出来ても、所詮は机上のシミュレーションです。その結果は絶対的な安全評価結果を導くものではなく、それを稼働条件とすること自体に無理があります。

今回のテストはいわば、原発プラント破壊のシミュレーションを机上で行おうとするものですが、私たちは福島で大規模実物破壊を目の当たりにしたばかりです。その破壊の諸データを収集、解析、診断し、設計・製作の手法を検証することこそが優先されるべきです。特に、福島事故では津波による全電源喪失以前に地震動による破損が冷却材喪失事故に至ったという指摘があります(東電は否定していますが)。このことは、現行の耐震設計審査基準への疑問を投げかけると共に、その指針に基づく全原発の耐震安全性に疑義を生じさせるものです。地震列島上に存在する全原発の耐震バックチェックの厳重な見直しこそが優先されるべきだと思います。

現在、専門家による「ストレステストに係る意見聴取会」が開催されています(写真、今日までに4回開催)。保安院による筋書きの下、電力事業者の作成した報告書を原子力ムラの学者たちが補完して客観性を装うというお馴染みの仕組みですが、今回は井野博満氏(東大名誉教授)と後藤政志氏(元原子力技術者)という二人の市民派委員が参加していることにより様相が異なってきています。聴取会の場で多くの批判的意見が出され、テストを再稼働条件のひとつとすることへの不当性を明らかにする試みが続けられています。

審査の技術評価作業を担っている独立行政法人・原子力安全基盤機構(JNES)には多くの主建設契約者OBが勤務しています。大飯、伊方の評価作業においても主契約者であった三菱重工のOBが実務に携わり、かつ複数名が陪席者として意見聴取会にも出席しています。これでは公正さの欠如と利益相反が疑われても仕方がありません。129日に総務省「政策評価・独立行政法人評価委員会」から経産相に提出された「勧告の方向性」によると、JNESは「原子力事業者の出身者を多数採用しており、検査の中立性・公正性に疑念がある」、「検査対象を、出身元と関わりのない施設に限るべきである」と厳しく弾劾されています。彼らにテスト結果を審査する資格はありません。併せて、意見聴取会各委員についても電力業界からの寄付金、補助金等の受け取り有無について利益相反の視点より確認・公表すべきです。これらの意見、疑問に対する保安院からの回答は、これまでの審査の枠組みや姿勢を超えるものではなく、現時点では対立点を残したまま議論が続いています。

今後、推進側は他の原発の報告書を続々と提出することによって再稼働に向けた攻勢をますます強めてくるでしょう。意見聴取会で追及されている、ストレステストの欠陥や不当性を各市民団体や原発地域の人々と共有化することによって、再稼働阻止の運動が更に確固としたものになっていくことを願うばかりです。

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2011年12月 3日 (土)

『ジークフリート』@METライブビューイング

111203 ワーグナーのリング・サイクルも三作目を迎えました。タイトル・ロールが急遽、代役のジェイ・ハンター(T)に変わったということで話題になっていました。若手(といっても40才?)で経験も少なく、不安視されていたようですが、よく伸びる美声と溌溂とした思い切りの良い演技は、純粋無垢、単純で恐れを知らないジークフリード役にぴったりでとても好感が持てました。

この作品はどうも前半が苦手なのです。話がくどく(対話による過去の筋書き説明が多い)、音楽も様々な動機が断片的に繰り返されることで追いきれません。ミーメとさすらい人の対話のあたりではしばし意識朦朧となりました。それでも、ジークフリートのノートゥングを撃つ音に飛び起きます。迫力に満ちた反復とエネルギッシュな音楽は第一幕のハイライトですね。

第二幕の「森のささやき」の場面は、このおどろおどろしくも壮大な権力闘争と殺し合い、裏切り、愛憎劇の中で数少ない、牧歌的な味わいを与えてくれるシーンです。大蛇ファーフナーを倒した後に澄み切った声で小鳥のさえずりを歌ったモイツァ・エルドマン(S)がカーテンコールと幕間のインタビューに登場しました。つい先週、ツェルリーナを達者に演じていたばかりの美形の若手ソプラノです。これから人気者になっていくのでしょうか?

第三幕でブリュンヒルデが登場し、やっと期待通りの高揚感を得ることが出来ます。愛を歌う二重唱は指輪全体を通じても、ここと「神々の黄昏」の第一幕でしか聞くことは出来ず(ワルキューレでのジークムントとジークリンデは対話式)、フツーの(?)オペラに慣れた耳を安心させてくれます。

R・ルパージュの巨大な板を使った演出にもすっかり慣れて、違和感はないものの、あまり新鮮味を感じることはなくなりました。多くの場面で音楽が難解で、説明と理屈満載のこの音楽劇に長時間(正味約4時間)真正面から付き合うのはちょっと辛い気もしますが、聴きどころでは繰り返し感動を味わいたい作品ですね。

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2011年11月28日 (月)

『ドン・ジョヴァンニ』@METライブビューイング

111123 2011-2012シーズンのMETライブビューイングが始まっています。2作目の「ドン・ジョヴァンニ」を見てきました(@東劇、先週)。さすがMETということで、実に立派で重量級のオケ、舞台、そして配役陣です。時代設定に忠実なオーソドックスな演出で、この作品に真正面から向き合っています。

この作品の持つ数々の美しいアリアを味わうには余計な装飾や奇をてらう演出が邪魔になることは、すでに多くの読み替え演出や現代演出で実証済みです(例えば、2006年のザルツブルグ音楽祭)。今回のようなオーソドックスな演出は作品そのものを味わうのにはとても相応しいものと言えるでしょう。

しかし、一方で新鮮味に欠けることも事実です。現代の聴衆や視聴者にとっての「ドン・ジョヴァンニ」は、物語そのものや登場人物たちの生き方などを正面から受け止めるためのものではなく、あくまでもモーツァルトの音楽を聴くための台本であり、舞台であると思います。そこで欲しいのが、読み替えや別解釈などには至らない、モーツァルトの音楽を損なわない程度の小さな洒落や遊び心なのです。例えば、2008年の新国立劇場での、背景をベネチアに移した演出、思わず笑みがこぼれるコミカルなエルヴィラ次女の登場、2001年チューリッヒ歌劇場映像盤でのそこここに見られる洒落た味付けとスピーディな展開、などが音楽の洒脱さを一層引き立ててくれました。

出演者たちに不満は全くありません特にBフリットーリ(S)をはじめ女声陣は、自分の役割を熟知しながら各人に与えられたアリアを堂々とかつ美しく、丁寧に歌いこんでいました。ドナ・アンナ役のM・レベッカ(S)の声の美しさ、ツェルリーナ役のM・エルドマンの初々しさも印象的でした。

男声陣とオーケストラには迫力を感じます。とにかく、真正面から挑んでくるようなで立派過ぎるドン・ジョヴァンニに、満足よりも満腹感を感じてしまった私は若干疲れ気味?

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2011年11月25日 (金)

映画 『ミツバチの羽音と地球の回転』

111122 全国各地で自主上映会が開催されている鎌仲ひとみ監督の作品を見てきました。瀬戸内海に浮かぶ小さな島、山口県、祝島の住民たちの日常と上関原発に対する闘い、そしてスウェーデンの小さな村における持続可能エネルギー自給への取り組みが淡々と描かれます。

最初は起伏の感じられない映像に若干の苛立ちを感じましたが、次第に、その感じ方って逆に僕らの生活の異常さの投影であることに気付かされます。

祝島の人々は、この上関原発の話が持ち上がった時から、すでに28年間にわたって反対と抗議活動を続けています。この映画は、ついに対岸での造成工事や海上ブイの設置が始まったにも拘わらず、これまでと変わらずに続けられていく人々の暮らしと、その一部となった抗議活動の記録映像です。島の作物、農業、漁業、生物の多様性などの様子が語られ、映像化されています。気負いや押しつけがましさを感じさせない、しかし紛れもない反原発映画です。

上関原発は311日の福島事故を受けて、は事実上の凍結状態に入っています。山口県知事は埋立て許可申請の延長は認めない方針ですが、しかし、中国電力はまだ建設を断念していません。フクシマ以降、これだけ原発に対する不信と不安が増長されているなかで、また、国全体で持続可能エネルギーへの転換が図られようとしている時に、今さら原発の新規建設というのは時代錯誤もいいところです。

この映画の姉妹編として「ぶんぶん通信」というビデオレターが市販されていて、これも各地で小さな上映会が開催されています。以前にNo.2No.3が地元で上映されていたので、すでに上関や祝島の風景はお馴染みのものとなっていました。併せてご覧になることをお勧めします。

フクシマ以後、多くのことを学ぶにつけ、核の危険とゴミを遠くの人々に押し付けながら、便利さのために電気を使い放題という私たち都会人の無責任さを改めて痛感します。

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2011年10月26日 (水)

フクシマ事故はどのように起こったのか?@議員会館

Dsc_0045 檀上に並んだ方々をご存じでしょうか?向かって左から田中三彦氏、渡辺敦雄氏、後藤政志氏の3名で、かつて原発機器製造メーカーに勤務し、実際に格納容器の設計に携わった技術者の皆さんです。すでに著書や雑誌掲載記事、TV出演等でご存じの方も多いかと思われます。この御三方が本日(1026日)、衆院議員会館にて『政府・東電の福島第一原発事故批判 何故地震の可能性を排除するのか』という報告会を行いました(主催者は民主党の川内博史議員)。

それぞれ、「地震動による冷却材喪失事故の可能性検討」、「原子炉格納容器における水力学的動荷重」、「地震で圧力抑制機能が失われる可能性」という何やら学会発表のようなタイトルが並びましたが、図表やシミュレーション映像などを駆使し、出席された議員や多くの市民参加者にとっても実に分かり易い丁寧な説明でした。

要は、政府・東電が主張する「フクシマは津波でやられたのだから、防波堤などの津波対策を強化すれば他の原発は安全だ」という見解に大きく疑問を投げかけるものです。とりわけ、地震動による配管破損と冷却材の喪失の可能性、福島等の初期原発に採用されているMark-I型の欠陥、低周波地震動による圧力抑制室プールのスロッシングによる破壊の可能性などは、地震列島に建設された原発の宿命として徹底的に検証されねばならない問題です。本来ならば破損したフクシマのそれらの部材の診断と検査が必要ですが、恐らく10年以上にわたって近づくことも出来ないでしょう。事故の真の原因はまだ闇の中なのです。

今、各事業者からストレステストの結果が提出されようとしています(報道によれば最初は大飯3号機?)。後藤氏曰く、「もし、ストレステストを311日以前に実施していたらフクシマ事故を防ぐことは出来たのでしょうか?」。勿論、絶対に「否!」です。ストレステストは原発の安全性を確かめるものでも、ましてや高めるものでは全くありません。そのことをもっての停止中原発の再開に技術的根拠を見出すことはどうしても出来ません。

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2011年10月18日 (火)

真紅の丘@ひたち海浜公園

111017cochia 丘一面を真紅に染めているものが何ものかをご存知でしょうか?

これは茨城県の国立ひたち海浜公園で見ごろを迎えているコキア群生の紅葉です。空の青さ、麓のコスモスと共に見事な秋の風景を造りだしています。

コキアというのはこれまで馴染みはありませんでしたが、別名ホウキ草と呼ばれる一年草とのことです。そういえば道端などでもたまに見かけることはありますが、ここまで大規模に植栽され、それが一斉に紅葉する姿は圧巻です。

公園には平日だというのに年配者や家族連れを中心に多くの人々が訪れていました。15千平方メートルの敷地に約3万本のコキアが植えられていて、勿論日本一の規模とのことです。見ごろは週末頃までとのことです。良いものを見ました。

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